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コレ読める?「十二月田」。埼玉県川口の珍地名、その奥深い由来

埼玉地名の由来を歩く⑧

全国5位730万人もの人口を抱える埼玉県の歴史を地名で紐解く。地名の由来シリーズ最新刊『埼玉地名の由来』から、著者・谷川彰英が川口の地名の由来を歩く。

「十二月田」の狐

 川口市には「十二月田」というちょっと変わった地名がある。埼玉県民でも川口市以外の方には読めないかもしれない。県外ではまず100%読めない難読地名である。

 でも、これを「しわすだ」と読むと知ると、何だそういうことか、と納得してしまう地名でもある。

 この「十二月田」にはちょっと変わった伝承がある。それは「十二月」になると狐がやってきて田植えをするという話である。『新編武蔵風土記稿』にはこう記されている。

十二月田(しわすだ)村 十二月田村は昔十二月晦日狐来りて、杉葉を以て田を植るさまをなせしより、此村名起れりと云奇怪の説なり

 簡単に言うと、昔この村には12月の大晦日の日に狐がやってきて、杉の葉で田植えをする真似をしたということから、十二月田という村名が起こったという話である。いったいこれは何を示唆するのか?

 古来、狐は人を化かす不思議な力を持っていて、それゆえに信仰の対象でもあった。柳田国男は『狐猿(こえん)随筆』の中で、こう書いている。

「信州松本の殿様も、家来に狐があって、江戸への御使いにはこれが3日で間に合ったので、非常に大事にせられたという話が今もその旧領に残っている。ただし城内に稲荷として祭っているかどうかは確かでない。この御飛脚はいつも道中の茶屋に休んで、勘定を忘れて立つので跡を追い掛けて払ってもらった。もしや狐じゃないかと試みに鼠の油揚げを片隅に置いてみると、それに喰い付いたので寄ってたかって打ち殺した。ところが殿様の御墨附をその狐が所持していたので、あとで一同が恐縮したと言い伝えられる」

 確かに狐はこのような不思議な力を持っていたがゆえに、人との交渉が昔から語り継がれてきたのであった。さらに柳田はこうも言う。

「結論として私の思っていることを略説すると、狐はあの意味ありげな眼つきと挙動とによって、昔はむしろ親切に人に警告するものと信用せられていた。むろん悪いことをする狐も時々はあるので、いつとなく善悪の差等が想定せられ、村と縁故の深い老狐だけは、頼めば予言もし知らない過去も談り、その他我々にできない任務を助けてくれるということになって、後にはこれを小さな社にも祭るようなった」

 狐が人に対して時々悪さもするが、人を助けてくれる存在でもあったことは、全国各地に稲荷神社が祀られていることからもわかる。お稲荷さんの総本家は京都の伏見稲荷大社である。

 もともとこの大社は和銅4年(711)創建であり、餅を的にして矢を射たところ、その餅が白鳥と化して飛び上がり、とまった山の峰に〝稲〟が生じたという奇譚(きたん)によって「稲荷(いなり)」という社名になったと伝えられる。だから、もともと稲荷信仰は稲作に深くかかわっており、稲荷大社では今でも6月10日には田植え祭りが行われている。

 稲荷信仰は五穀を始めとした食べ物・養蚕を司る神であったのだが、中世を経て近世に至ると、その信仰は殖産興業神・商業神・屋敷神として拡大され、現在では稲荷神社の数は3万を数え、全国の神社の3分の1を占めるとも言われる。

 このような背景を考えると、大晦日に狐が現れ杉の葉で田植えの真似をするといった話も、五穀豊穣を願う農民の熱い思いが生んだものと納得できる。

十二月田稲荷神社(川口市)

 旧十二月田村のエリアは今も「十二月田」という町名になっている。川口駅から東に行ったエリアだが、そこに稲荷神社がある。当然のことだが、その信仰の根拠になった神社であろう。

『埼玉地名の由来を歩く』(著・谷川彰英)り構成〉

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谷川 彰英

たにかわ あきひで

筑波大名誉教授

1945年長野県生まれ。ノンフィクション作家。東京教育大学(現・筑波大学)、同大学院博士課程修了。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。筑波大学教授、理事・副学長を歴任するも、退職と同時にノンフィクション作家に転身し、第二の人生を歩む。筑波大学名誉教授。日本地名研究所元所長。主な作品に、『京都 地名の由来を歩く』シリーズ(ベスト新書)(他に、江戸・東京、奈良、名古屋、信州編)、 『大阪「駅名」の謎』シリーズ(祥伝社黄金文庫)(他に、京都奈良、東京編)『戦国武将はなぜ その「地名」をつけたのか?』 (朝日新書)などがある。

 

 

 

 

 

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  • 2017.08.09