15日が「光復節」である理由

大韓民国政府樹立国民祝賀式(1948年8月15日)

 韓国が建国されたのは1948年8月13日だが、15日を「光復節」としているのには理由がある。

 玉音放送は日本国内で一斉に流されたが、当時は日本領だった朝鮮半島も例外ではない。放送を受けて朝鮮総督府の最高幹部と朝鮮独立運動家との会談が持たれ、その日のうちに「朝鮮建国準備委員会」が設立された。早くも翌日には会談に出席した運動家が、行政権が移譲されたことをラジオで発表している。

 ここから韓国建国までの間、朝鮮半島は連合国の思惑に翻弄されていく。

 まず戦勝国サイドによって、北緯38度線を境界として半島を南北に分割し、北をソ連(当時)が、南をアメリカが占領することが決められた。すでに冷戦が実質的にスタートしていたから、米ソ双方は早くから朝鮮半島に進駐する。

 1948年になってアメリカは軍政を終了し、その結果として建国されたのが韓国だった。ソ連も対抗して、直後の9月9日には「北朝鮮」が建国されている。

 つまり、本来的な意味での韓国の独立記念日は8月13日であり、どこから独立したのかといえば日本からではなくアメリカからだった。

 それでも独立に向けた具体的な運動が開始されたのは1945年8月15日。この日を記念日とする考えも、あながち的外れではない。