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消える仕事ではなく「今ない仕事」があなたを幸せにする

人間の社会性と創造性を全開させるのは、科学技術がさらに花開くこれから

■職種は永遠ではない

 この『大人は知らない今ない仕事図鑑100』を読むのは楽しい。この本は、AI化によって「今ある仕事」の多くが消える未来を生きることになる子どもたちに向けて書かれたものであると同時に、仕事が消える未来を前にして不安と恐怖に足がすくんでいる大人たちに勇気を与える本でもある。

 確かに、イスラエルの歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス—テクノロジーとサピエンスの未来』下巻(柴田裕之訳、河出書房新社、2018)において述べたように、ほとんどの人間が仕事を喪失する「無用者階級」(useless class)になる未来は、そう遠くはないのだろう。

 世界経済フォーラム(ダボス会議)が提唱する「第四次産業革命」にせよ、日本政府も掲げている「Society 5.0」にせよ「スーパーシティ構想」にせよ「ムーンショット目標」にせよ、それらのプロジェクトが想定する未来には、「普通の人間」ができることがなさそうだ。知能指数200以下の人間で、かつICT技術に習熟していない人間にとっては生きる場がなさそうだ。

 しかし、それは今の時点で考えるから、そう思えるだけだ。どうしても無意識のうちに「今ある仕事」という視野の中で考えるので、そう思えるだけだ。

 今までも、いろいろな仕事が消えて、いろいろな仕事が生まれた。それは未来も同じなのだ。時代の変化に応じて消えていく仕事もあれば、生まれる仕事もある。雇用が消え仕事が消える未来は、また別の働き方や、別の仕事が生まれる未来でもある。別の働き方や別の仕事を創造するのは人間がする。AIに、そんな想像力や創造力が備わるとしたら、それは人間がAIと合体するような時だろう。

 私が子どもの頃に存在した仕事で今は消えた仕事は少なくない。私が小学生低学年の頃には、近所に必ず「氷屋」さんがあった。かき氷店ではない。電気冷蔵庫が普及する前は、木製の冷蔵庫を使用する家庭が多かった。近所の氷屋で買ってきた大きな氷のキューブを木製冷蔵庫の上段に入れ、食品を下段に入れて腐らないようにしたものだった。

 1960年代終わりごろまでは、「御用聞き」という仕事があった。食料品店や酒屋の従業員が、各世帯を訪問し、必要なものを尋ね、それらを配達してくれたものだった。クリーニング店にも、書店にも、各世帯への配達をする従業員がいた。現在は、Uber eatsが配達するが、昔は飲食店には「出前」担当の従業員がいた。

 会社には、タイピストという「専門家」がいた。キーパンチャー(keypunch operator)と呼ばれる「専門家」がいた。初期の頃のコンピューターで処理するためのデータを、パンチカードにキー操作でパンチングする機械を操作する仕事だった。

■人間至上主義(西洋近代啓蒙思想)は失敗したのか?

 いや、私たちを待っている未来は今までとは違う、今度の未来は違う、ほんとうに普通の人間ができる仕事が無くなるのだ、Deep LearningができるAIに普通の人間はかなわないのだから、どうしようもないという説がある。

 ユヴァル・ノア・ハラリは、中世までの「神至上主義」から、近代以降の「人間至上主義」(西洋近代啓蒙思想)になった人類は、いよいよ次の段階に移行し始めていると言う。

 どうも、ハラリが(明言はしていないが)想定している未来の人類社会は、巨大なコンピューターシステムのネットワークの中で監視管理(保護)され、それと引き換えに(ベイシックインカムと呼ばれる)生活保護給付によって人類が生きる優しい全体主義人類牧場のような、限りなくディストピアに似たユートピアらしい。

 ハラリの言う「人間至上主義」(西洋近代啓蒙思想)が生んだ民主主義と平等主義の欺瞞を、ニック・ランドも『暗黒の啓蒙書』(五井健太郎訳、木澤佐登志序文、講談社、2020)において指摘する。人間存在のダメさ加減を認めて、民主主義と平等主義の失敗を直視しよう、啓蒙の失敗を認めようと言う。

 確かに人間はダメなのかもしれない。せっかくの「人間至上主義」(西洋近代啓蒙思想)だったのに、その輝かしさを曇らせてしまったのかもしれない。

 18世紀以来の「人間至上主義」(西洋近代啓蒙思想)は、人類に「幸福を追求する権利」を認めた。ところが、人類のある部分の人々が、それを「幸福になる権利」と勘違いした。彼らや彼女たちは、政府に自分を無条件に幸福にしろと要求するようになった。

 これは、自分を政府のペットにしろと要求していることと同じだ。飼い主に生殺与奪権を握られている惨めではあるが気楽な生き物であるペットとして自分を処遇せよと言っているのと同じだ。

 ならば、この種の人々は、徹底的に監視管理された人類牧場で飼育されていればいい。餌の中には何が入っているかわからないにせよ。

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藤森 かよこ

ふじもり かよこ

1953年愛知県名古屋市生まれ。南山大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課程満期退学。福山市立大学名誉教授で元桃山学院大学教授。元祖リバータリアン(超個人主義的自由主義)である、アメリカの国民的作家であり思想家のアイン・ランド研究の第一人者。アイン・ランドの大ベストセラー『水源』、『利己主義という気概』を翻訳刊行した。物事や現象の本質、または人間性の本質を鋭く突き、「孤独な人間がそれでも生きていくこと」への愛にあふれた直言が人気を呼んでいる。

 

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