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アフターコロナで求められる被雇用者像とは何か?【藤森かよこ】

2020年不穏な盛夏アフターコロナ対策本出版ラッシュ

■ 論理力と表現力とAIリテラシーを身に着けるのが期待される被雇用者?

 安宅和人の『シン・二ホン—AI xデータ時代における日本の再生と人材育成』(News Picks パブリッシング、2020)は、コロナ危機寸前の2月に出版されたが、私はこれこそアフターコロナ対策本だと思う。

 副題がしめすように、この本は、単にプログラミングができるだけではなく、AIが集めるビッグデータを分析し活用できる人材が現代と未来に必要だからということで、その養成方法を具体的に提言している。まさにアフターコロナ時代に必要な人材養成方法を。

 しかし、このような人材を大量に養成するのは、日本の初等中等教育や高等教育の大改革をしても最低20年はかかる。だから、しばらくは明治の初期のように「お雇い外国人」を超好待遇で迎えるしかないと安宅は述べている。日本は、また明治に戻ってしまった。

同時に、本来の意味でのリベラルアーツを身に着けることなくして、「データxAIリテラシー」を駆使できないと安宅は指摘する。

 安宅のリベラルアーツという用語の使い方は科学者らしく厳密である。その本来の意味は、日本でよく言われる「教養」のことではない。西欧におけるリベラルアーツ自由七科(seven liberal arts)には歴史も文学も語学も入っていない。

 リベラルアーツとは、文字通り「自由の技法」のことだ。自由でいること、自由になるためのスキルのことだ。安宅和人によると、古代ギリシアの都市国家の大量の奴隷ではない自由民に求められていた基礎教養と基礎的スキルがリベラルアーツである。

 リベラルアーツ自由七科とは、「文法学、修辞学、論理学、算術、幾何、天文学、音楽」であり、文法学と論理学と修辞学を基礎として学び、それから他の四科を学ぶ。

 つまり、リベラルアーツの根本は論理的にわかりやすく記述表現できるようになることなのだ。自由でいること、自由になるためのスキルとは表現力と論理力なのだ。理系も文系もないのだ。

「国語力」の範疇に入る表現力や論理力は文系学問に見える。しかし、日本の大学の文系学部で表現力や論理力の訓練を徹底的に受けることはない。学生が書いた文章を、その構成から記述方法に至るまで念入りに添削するような教師も滅多にいない。これは理系学部なら皆無だろう。

 厳密に言えば、日本の学校で学ぶことにリベラルアーツはない。日本の大学の「教養」課程にリベラルアーツはない。日本は先進国になったような顔をしていたが、国語による表現力や論理力を鍛える教育機会すら乏しい後進国だった。コロナ危機により、あらためて自分の国の実態を知ったことはよかった。うぬぼれた自己欺瞞はろくなことがない。

 嵐の前の静けさのような不穏な2020年8月であるが、アフターコロナ対策本の何冊かを読んでみるのもいいのではないだろうか。読書は、パンデミックでも大恐慌でも実行可能な安上がりの脳の旅行だ。

 ほんとうにAI化が進めば、ほんとうに雇用消滅なのだから、アフターコロナに期待される被雇用者像についてなど読んでもしかたがない? その意見は、正しいが、正しくない。その理由は次の機会に。

 

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藤森 かよこ

ふじもり かよこ

1953年愛知県名古屋市生まれ。南山大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課程満期退学。福山市立大学名誉教授で元桃山学院大学教授。元祖リバータリアン(超個人主義的自由主義)である、アメリカの国民的作家であり思想家のアイン・ランド研究の第一人者。アイン・ランドの大ベストセラー『水源』、『利己主義という気概』を翻訳刊行した。物事や現象の本質、または人間性の本質を鋭く突き、「孤独な人間がそれでも生きていくこと」への愛にあふれた直言が人気を呼んでいる。

 

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