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【失敗の本質】「安全を守る目的」より「みんなとの調和」———組織的失敗とは何か《岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義㉔》

命を守る講義㉔「新型コロナウイルスの真実」

■現代サッカーの合理性

 ところで、ぼくは子供の頃にサッカーをやっていました。医者になってからは遠ざかっていましたが、最近やっぱりやりたくなって、2018年からあらためてサッカー教室に通い始めたんです。
 その教室では、ヴィッセル神戸に所属している、B級ライセンスを持っている専門のコーチが教えてくれるのですが、これがものすごくいいんですよ。

 一番衝撃的だったのが、練習でボール回しをしていたら、「岩田さん、そこは休んどいたほうがいいですよ。走ると疲れるでしょ」みたいなことを言われたんですね。

 内心、「えーっ!」て思いました。「走ると疲れるから、休んだほうがいい」って、まあその通りなんだけど、コーチからそんなことを言われたのは生まれて初めてだったからです。

 ぼくが小、中学生の頃に通っていた島根県の学校では、ただひたすら「頑張れ、水を飲むな、とにかく走れ、ボールを追っかけろ、耐えろ、蹴れ」みたいな感じで教わっていました。いかにも昭和の部活ですね。

 でも、現代のライセンスを持っているコーチは「そこで走ってもどうせ取れないし、そこは休んどいたほうがいいですよ」と言うわけです。時代は変わりましたね。

 サッカーの場合は目的が分かりやすい。少なくともプロの世界では、「頑張ること」は目的なんかじゃなくて、目的は「試合に勝つこと」ですよね。

 そうすると、例えば右サイドでボールが回ってるときには、左サイドでやみくもに走り回ったって、ただ体力を消耗するだけで意味がない。

 昭和の時代にはそんな場面でも、みんなとにかく「頑張れ頑張れ、走れ走れ、我慢しろ、文句を言うな」ってノリでしたけど、いまは全然違う。ボールが来ない場面では休んで、体力を戻して、いざというときにバッと走れるようにするのが筋なんです。

 チームメイト同士でも「おまえ、そこは間違ってるよ」という議論をちゃんとしないと、プロのチームとしては成熟できない。それができない。「みんな仲良くしなきゃいけないんだから、文句言うな」みたいなチームや、監督の言うことをそのまま聞いているだけのチームは、絶対に弱いです。

 強いチームの選手は、自分で判断して自分で動けないといけない。それは、自分勝手にやるってことじゃなくて、自分の動きがチーム全体のためになっているか、という観点を持っているということです。

 リオネル・メッシという世界一のサッカー選手がいますが、日本の解説者には、彼について「メッシは走ってないからけしからん」みたいなことを言う人がよくいるんです。そういう解説者は何も分かってない。メッシは、無駄に疲れてシュートを打てなくなったらダメだから、必要ない場面では休んでいるわけですよ。

 いざというときにボールを保持して、シュートを打って点を決め、試合に勝てばそれでいいわけで、意味もなく走ってもしょうがないでしょ、というのが海外の一流チーム、一流選手たちの合理的な考え方なんですね。

 やみくもに頑張る、周りに同調するんじゃなくて、目的を達成するために必要なことをやる。これがプロの考え方なんです。ぼくが見たダイヤモンド・プリンセスの船内より、現代のサッカー界のほうがはるかに合理的ですよ。

岩田健太郎
「新型コロナウイルスの真実㉕へつづく)

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岩田 健太郎

いわた けんたろう

1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。日本では亀田総合病院(千葉県)で、感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。著書に『予防接種は「効く」のか?』『1秒もムダに生きない』(ともに光文社新書)、『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)、『主体性は数えられるか』(筑摩選書)など多数。


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