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《失敗の本質》ダイヤモンド・プリンセスでは「感染管理」ができていなかった【岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義⑳】

命を守る講義⑳「新型コロナウイルスの真実」


  第二波が来ようと、感染症から命を守るための原理原則は、変わらない。
 しかし、感染症対策で「正しい判断」がなされているかは、医療現場から離れるほど混迷を極めている様相だ。専門家の分析・提案と政府の判断の間にある「溝」は科学的事実より現実的事情に左右され、いまや組織的に誰が責任ある判断を担っているのかわからなくなっている。
 なぜ、日本の組織では、正しい判断は難しいのか。
 なぜ、専門家にとって課題との戦いに勝たねばならないのか。
 この問いを身をもって示してくれたのが、本年2月、ダイヤモンド・プリンセスに乗船し、現場の組織的問題を感染症専門医の立場から分析した岩田健太郎神戸大学教授である。氏の著作『新型コロナウイルスの真実』から、命を守るための成果を出すために組織は何をやるべきかについて批判的に議論していただくこととなった。リアルタイムで繰り広げられた日本の組織論的《失敗の本質》はどこに散見されたのか。敗戦から75年経った現在まで連なる問題として私たちの「決断」の教訓となるべきお話しである。


■私がダイヤモンド・プリンセスに入った理由

 ダイヤモンド・プリンセスの中で患者さんがどんどん増えていく間、それに関する情報は外に出てこなかったし、解析もありませんでした。

 それがすごく不安だったので、ぼくは何度もFacebookに「ダイヤモンド・プリンセスの中に入れるものなら入りたい。ぼくが必要だったら、中に入れてください」という投稿をしていました。

 そこに厚生労働省の高山義浩先生から電話がかかってきました。高山先生も、船の中の状況に問題を感じられていたんです。高山先生の懸念は、クルーズ船内に本部があるのがそもそも問題なので、外に出さなければいけない、というもので、これはぼくと話した中でもはっきりとおっしゃっていました。

 最初ぼくは日本環境感染学会として入ろうとしたんですが、学会の理事長が「もう入らない」という声明を出しているし、DMATの人たちからは「あいつらは逃げ出した」と思われて船内では不興を買っていました。つまり日本環境感染学会としては入れなかったんです。

 それならDMATとして入るのはどうか、という話になりましたが、ぼくはDMATのメンバーじゃないので、それも無理がある。

 DMATとして入ればいいという意見、入っちゃいけないという意見、いろんな意見が錯綜し、葛藤がありましたが、最終的に高山先生が「DMATとして入ることにしましょう」と言って、入らせてくれました。

 ダイヤモンド・プリンセスが停泊している大黒ふ頭に行くと、厚労省の官僚の人から「DMATの○○先生の下で、あなたはDMATとして働いてください。最初はDMATの下で働いて、感染管理はやらないでください」と言われました。

 ぼくは感染症の専門家だから、感染管理をやるなというのも不思議な話ですけれど、要は、最初は現場の空気に馴染んでから、感染管理は少しずつやったらいいんじゃないか、というのが高山先生の作戦だったので、ぼくも「分かりました」と受け入れてIDバッジをもらい、厚労省の人と一緒に船の中に入りました。

 そして言われたとおりにDMATの先生のところに行き、「一緒に働けって言われました」と話したら、その先生は、「いや、そんな話は聞いてないんだけど」みたいな話をして、今度は船内のDMATのトップの先生を紹介されました。

 DMATのトップの先生からは、今度は「あなたは感染管理の専門家で、DMATじゃないんだから、感染管理をやってください」と言われました。
 彼が言うには、日本環境感染学会が入って、3日間いろんな指導をしていったけど、すぐに出ていってしまった。彼の言い方をすると、「逃げちゃった」わけです。

 しかし、それでもDMATは船の中にいないといけない。でも、感染対策はちゃんとできてないし、そもそも自分たちは感染症のことを知らない。自分たちが感染するかもしれないリスクの中でずっとやっていなきゃいけないことが、非常に怖いとおっしゃるんです。

 でも感染症の専門家たちは、みんな逃げ帰ってしまった。「俺たちは、感染症の専門家を信用してない。本当に怒っている」と、ぼくに向かっておっしゃいました。「すいません。そうおっしゃるのはごもっともですね」とぼくも言いました。

 そしてDMATのトップの先生は、「とにかくあなたは、ちゃんと感染管理をやってください。好きなことを全部やっていいです」とおっしゃいました。

 ぼくは船に乗る前に、高山先生から「DMATの上の先生の言うことを聞きなさい」と言われて船に入ったわけです。DMATの人に「感染管理をやれ」と言われたからには、それに従って感染管理をやることになりました。

 まずは現場把握をしようということで、そこにいらっしゃった国際医療福祉大学の先生と一緒に現場を見て回りました。

 そうしたら、いろんな面で感染症対策ができていないことが、分かったわけです。

岩田健太郎

「新型コロナウイルスの真実㉑ 」へつづく)

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岩田 健太郎

いわた けんたろう

1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。日本では亀田総合病院(千葉県)で、感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。著書に『予防接種は「効く」のか?』『1秒もムダに生きない』(ともに光文社新書)、『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)、『主体性は数えられるか』(筑摩選書)など多数。


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