《失敗の本質》専門家にとって大事なのは結果、すなわち勝てていること【岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義⑲】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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《失敗の本質》専門家にとって大事なのは結果、すなわち勝てていること【岩田健太郎教授・感染症から命を守る講義⑲】

命を守る講義⑲「新型コロナウイルスの真実」

 

■組織的失敗——数合わせの専門家たち

8月11日、コロナへの危機意識なのか、東京発新幹線のぞみの車内。まるで空気を運ぶかのようにお盆に突入しても車内はガラガラである(写真:読者より投稿)

 で、フタを開けてみたら結構ヤバかった。PCR検査をした人のうち何割も陽性が出てしまい、慌てた厚生労働省はDMAT(ディーマット)を呼びました。
 DMATとは「Disaster Medical Assistance Team(災害派遣医療チーム)」のことで、災害時のディザスターマネジメント(災害対策)を専門とする医療団です。彼らが動いたのは、聞くところによると、厚労省の管轄下にあって動かせる医療団がDMATしかなかったことが理由のようです。

 アメリカでは最初からCDCを動かしました。CDCの正式名称は「Centers for Disease Control and Prevention」で、日本語では「疾病予防管理センター」などと訳されています。

 CDCは、文字通り感染症対策の専門政府機関で、さまざまな分野の専門家を有し、アメリカの感染症対策の主導的な役割を担います。

 アメリカに寄港したロイヤル・プリンセスへの対応では、当初トランプ大統領が「国内の感染者が増えないよう、クルーズ船から人を降ろすな」と言っていました。そんなときでもCDCはさすがに専門家チームなので、大統領が言ったことを突っぱねて、さっさと下船させました。それだけの権限、そして見識を持っている組織です。

 翻って、CDCがない日本では、最初はDMATが動いた。彼らはなんと、感染症とは何の関係もない、災害対策の専門家です。ここでいう「災害」とは例えば地震などのことで、彼らの専門分野は骨折や出血など。要するにDMATは主に救急の専門家たちから成り立っているんです。

 厚生労働省の管轄下には他に、国立感染症研究所にFETPというチームもあります。「Field Epidemiology Training Program(感染症危機管理を行う人材育成プログラム)」のことで、たしかに彼らも感染症の専門家には違いありません。

 でも、「専門家」とひと口に言っても、いろんな専門家がいるわけです。FETP疫学といって、数を数えて予測をする、要するに現状把握や解析をするチームであって、感染症を治療する専門家ではないんです。あるいは、拡散を防ぐ防御の専門家でもない。

 感染症対策は野球と同じように、攻撃と守備にたとえることができます。感染症を診断して治療する、診断治療の専門家が攻撃なら、感染症が拡がらないようにする防御の専門家もいます。これは野球でいうところの、バッターとピッチャーみたいなものです。

 お互いに強く関連しているし、「感染症対策」という目的は同じだけど、専門性は全然違う。バットを振っていても、ピッチングはうまくならないし、逆もまたしかりですよね。

 だから、「感染症の専門医」とされていても、診断はできるけれどじつは感染防御ができない、という人は大勢いますし、逆に感染防御の専門家でも、治療や診断が苦手な人はいっぱいいます。ぼくはその両方をやる、野球ならバッター兼ピッチャーみたいな人です。

 要は、「感染症の専門家」と安易に一括りにしてはダメで、それぞれ、得意と不得意、守備範囲というものがあるわけです。逆に言えば、守備範囲がきちんとしているからこそ専門家なわけです。

 厚労省の管轄下でいうと、FETP(Field Epidemiology Training Program=感染症危機管理を行う人材育成プログラム)は数を数えたりする「現状把握のプロ」です。野球でいえばスカウトとか、戦略担当コーチみたいなものでしょうか。FETPも最初はダイヤモンド・プリンセスに入ったんですが、彼らは感染の防御には強く参画せず、すぐに出ていってしまいました。

 そこでDMAT、つまり救急の先生たちが、いきなり「新型ウイルスが蔓延する船の中に入れ」と言われて、実際に入っていったわけですね。自分たちの全く関係ない畑のところに入らされたDMATの人たちは、すごく気の毒です。

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岩田 健太郎

いわた けんたろう

1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。日本では亀田総合病院(千葉県)で、感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。著書に『予防接種は「効く」のか?』『1秒もムダに生きない』(ともに光文社新書)、『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)、『主体性は数えられるか』(筑摩選書)など多数。


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