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ドイツ軍の勇将・ロンメルが予言した「いちばん長い日」とは?

「ロンメル親衛隊」、海岸に突破せよ! ~Dデー当日に実施された唯一のドイツ軍戦車部隊の反撃とIV号戦車~ 第2回

「Dデー」――ノルマンディー上陸作戦決行の日であった1944年6月6日、連合軍優勢の中、ロンメル元帥率いるドイツ軍戦車部隊(装甲師団)の反撃があった。Dデーにいたるまでのロンメル元帥を追う。

堅固なコンクリート製の沿岸防衛砲台に配置された38cm巨砲。艦砲に換算すれば戦艦の主砲並みの威力を持つ。だが現実は、このように強力な砲台は「大西洋の壁」全体でも数えるほどしかなかった。

ロンメルが予言した「いちばん長い日」

前回はこちら:ノルマンディー上陸作戦の5か月前、ドイツ軍の命運を託された勇将ロンメル

「大西洋の壁」の不備を痛感していたロンメルは、B軍集団司令官に着任すると早速、かつて指揮した北アフリカ戦で示した防御施設構築の才能を再び発揮した。フランス軍から鹵獲した砲弾や航空爆弾などを不足している地雷へと転用したり、ずばり「ロンメルのアスパラガス」と称されたグライダーの降着を妨害する対空挺障害物の他、先端に地雷が取り付けられた対舟艇杭、鋼製障害物「チェコのヘッジホッグ」、対車両用障害物「テトラヘドロン」といった海浜用障害物を多数製作して設置させたのだ。
 ドイツ軍のみならず多くの国の軍隊では本来、これらの防御施設を構築するのは陸軍や海軍の工兵の任務だったが、ロンメルは特に定置防衛部隊(いわゆる「磔部隊」)に対して、積極的に「自分たちを守る施設」を造るよう指導した。

 

 1944年5月11日、ロンメルは第709歩兵師団第919擲弾兵連隊第1大隊第3中隊第1小隊が守る海浜防御施設のひとつ、防御拠点WN5を視察。この時、彼は小隊長アルトゥール・ヤーンケ少尉に対して唐突に命じた。
「少尉、手を見せなさい」
 素早く差し出されたヤーンケの両手は、厭うことなく下士官や兵とともに労務に携わっていたため擦り傷や切り傷、タコやマメだらけだった。それを目にしたロンメルは満足げに言った。
「いいかね、君。防御施設の構築に流された将校の血と汗は、戦闘で流されたそれと同等の価値があるのだよ」
 ロンメルは、将校は労働しないという軍の伝統的慣習を改めさせ、率先して労働するよう求めていたが、ヤーンケはその御眼鏡にかなったのだった。

 ある日、ロンメルは海岸を視察しながら、傍らに付き従う副官のヘルムート・ラング大尉に言った。
「いいか、ラング。勝敗はこの海岸で、それも敵が上陸した最初の24時間で決まるのは間違いない。その日は敵にとっても、またわれわれにとっても『いちばん長い日(der längst tag=The Longest Day)』になるはずだ」

◎次回は6月14日(水)に配信予定です。

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白石 光

しらいし ひかる

戦史研究家。1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。


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