性格の良い脚、悪い脚。女性の脚は魔物である【美女ジャケ】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

性格の良い脚、悪い脚。女性の脚は魔物である【美女ジャケ】

【第14回】美女ジャケはかく語りき 1950年代のアメリカを象徴するヴィーナスたち

■完璧な脚は“それで終わり”。脚も未完成のものがイイ

 と、ここまでで筆者自身がけっこうな脚フェチであることを吐露してしまっているが、ついでに書くと、昔、J-WAVEのフリーペーパーの編集/デザインをやっていたときに、「性格の良い脚、悪い脚」という半ば冗談のような企画を誌面で展開したことがある。
 どういうことかというと、完璧な美脚の女性は、なぜかあまり性格が良くない。高飛車だったりする。それに比してちょっと太めくらいの女性のほうが母性が強く家庭的で優しい、ということだ。
 もちろんそんな研究も統計資料もあるわけはなく、筆者が長年(と言っても当時、30代前半)の経験と観察と分析によってたどり着いた論だ。ちょっと妄想も入っていたけれど……。
 この企画では、飛び抜けた美脚の友人にモデルになってもらって、写真を撮って掲載した。もちろん「性格の悪い脚」として。そのコはとてもワガママだった。付き合ってそれを知ったのだが。
 性格を取るか、美脚を取るか、脚の美醜は人の人生を変えるほど重要な問題なのかもしれない。

 性格はわからないが、完璧な美脚のジャケがある。こちらもジャズ・ファンに人気の高いデイヴ・ブルーベック・カルテットの「Anything Goes!」。

「Anything Goes!」

 デイヴ・ブルーベックはすでに一流だったから、セクシーなジャケで売る必要はなかった。だから多作であるにもかかわらず、ほぼ美女ジャケはない。1枚、ハイファッションの超一流モデル、スージー・パーカーを起用したものがあるくらいだ。
 だからこの脚ジャケは、ブルーベック作品のなかでは異色なのだが、脚のポーズからフォントの配置まで、完璧なセンスで一級だと思う。そうは思うのだが、どこか面白みがない。調和が取れすぎているのだ。
 脚も完璧に美しいのはわかるが、それで終わり。エロティシズムとかセクシュアリティというのは、完璧な調和のなかにあるのではなく、もう少しギザギザした感じとか、瑕疵があるとか、何かが欠けているとか、そういうものの中で醸しだされるような気がする。
 よくよく見れば、このモデルの脚の屈曲具合は、前掲のポール・スミスの「By the Fireside」のエロいモデルとそっくりである。真上から俯瞰するか、横から見るか、あるいはボディがあるか、ないか。それだけでもエロティシズムは違ってきてしまうようだ。やはり「繊細な技巧」が醸しだすものなのだろう。

 完璧ではない、という点で惹きが強いのが、カル・ジェイダーの「San Francisco Moods」だと思う。カルはラテン・ジャズ系のヴィブラフォン・プレイヤーで音楽性も最高なのだが、ジャケはヘンなのが多い。

「San Francisco Moods」

 これもどう見てもちょっと気が抜けている。まずフォントがダサい。女性の脚も悪くはないが、完璧な美脚とまでいかない。履いている靴、これもダサい。

 では、良いところはないのか? というと、そういういまひとつ感が積み重なったところが、なぜか惹くという妙な良さがある。
 さらにヌケているのか、セクシーだと思ってやったのか、女性の下着、シュミーズがスカートの内側に見えているのだ。リアルなのか、エロいのか、ダサいのか、なんとも言えない感じがこのジャケの良さである。
 たぶんデイヴ・ブルーベックの完璧な美脚よりも、カルのモデルの庶民性のほうが、男性は惹かれるでしょう。リアルなものとして。

 とはいえ、リアルでありながらもう少しセンスの良いものはないのか? とも思う。
 そうだ、極めつけの脚ジャケ、パット・モランの「this is Pat Moran」があった。

「this is Pat Moran」

 パット・モランは1950年代後半から長く活躍した女性ジャズ・ピアニストで、人気があり評価も高かった。
 それにしてもピアノの鍵盤の上にぞんざいに投げ出された脚!
 赤いパンプスがアクセントとなった美しいおみ足はモラン本人だろうか? それともモデルだろうか? そのあたりはわからないが、フォントの配置からなにからともかく洗練されている。
 あぁ、ピアノを弾こうとして鍵盤に向かったら、突然、真っ赤なパンプスを履いた美しい脚が目の前に投げ出される。もちろん迷うことなくそれに頬ずりするのだ。
 そんな夢想をさせるこのジャケット……と夢想する筆者が極度の脚フェチというだけか。いやはや女性の脚というのは魔物である。

 と書いてきて気づいたが、今回取り上げたジャケはすべてジャズであった。美女ジャケはムード・ミュージック(イージーリスニング)が圧倒的に多く、ジャズはそう多くない。だからジャズファンは、美女ジャケのジャズ・レコードのオリジナル盤とかには、何万円ものお金を払ったりするのだ。
 それにしても、巨乳のジャズ・レコードとかはあまりないが……胸元の谷間を垣間見せる程度のものはあるが……脚を強調したジャズ・レコードが案外多いことも意外である。
 女性の美しい脚って、どこか「神聖」さがあって、男はそこに跪拝したくもなる。
 そんな心理の根底については哲学者のジョルジュ・バタイユが「足の親指」という論考を書いているが、長くなるので紹介のみで。邦訳も出ている『ドキュマン』という著作に収載されてます。

KEYWORDS:

オススメ記事

長澤 均

ながさわ ひとし

グラフィック・デザイナー/ファッション史家/オンライン古書店経営

美術展のポスター等の宣材、雑誌やMOOKのアート・ディレクション、本の装幀、CDジャケットなどのグラフィック・デザインのかたわらファッション・カルチャー史に関して執筆。 『ポルノムービーの映像美学』(彩流社)、『BIBA スウィンギン・ロンドン1965~1974』(ブルースインターアクションズ)など8冊の著作がある。最新刊は『Venus on Vinyl 美女ジャケの誘惑』(リットーミュージック)。KKベストセラーズ刊の全宅ツイ著『実況! 会社つぶれる!!』ではアートディレクターを担当。オンライン古書店モンド・モダーンを運営している。19世紀半ばからのモード雑誌や8bitのヴィンテージ・コンピュータのコレクターでもある。

 

この著者の記事一覧