第20回:「鬼 〇〇幼稚園 正体」 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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第20回:「鬼 〇〇幼稚園 正体」

 

<第20回>

2月×日【鬼 〇〇幼稚園 正体】 

グーグルがすべてを知っているとは限らない。

鬼 〇〇幼稚園(僕が通っていた幼稚園名) 正体」で検索をかけても、そこに僕の知りたい情報結果は現れず、虚空を眺める。

 

今年も節分の季節が来た。

節分が好きだ。「節」を「分」けると書いて、節分。さあここから一年がんばろう、と正月ボケがようやく治ったあたりでフレッシュな気持ちになれるところが、好きだ。
あと、ハロウィンが魔女やらカボチャ大王やらと華やかなのに対して、節分は鬼のみ、という渋さもたまらない。

そんな大好きな節分には、一点の曇りも存在してほしくない。
しかし、僕には過去に、ひとつだけ節分に関する辛い思い出がある。

 

豆をにぎりしめて待機する。
僕は五歳の、幼稚園児だった。
まもなく、このホールに現れる鬼に対して、期待感を膨らませる。

一昨年、三歳の節分では豆を投げたら鬼が「痛い痛い!」と最高に安直なリアクションでもって退散、生まれて初めてサディスティックな興奮を覚えた。

昨年、四歳の節分では最後に鬼が「豆を投げられてようやく目が覚めた。人間も鬼も、この地球で生きる仲間たち。友だちになろう」と握手を求めてきて、生まれて初めて隣人愛の精神を知り温かな気持ちに包まれた。

さて、五歳の今年はどんな鬼が登場するんだ?!僕はどのような新しい脳内麻薬を知るんだ?!鬼が登場するであろう幼稚園のホールの入り口を眺めて、僕は心の中でヨダレをたらしていた。

「ぎゃおおおおおおおおお!」

奇声がホールにこだまする。

鬼の登場だ。

あれ??
なにか、おかしい。

今年の鬼は、なにかが違う。

 

早くも、鬼の異質さに気づいた勘のよい友人たちが涙目を浮かべて逃げ惑う中、僕は茫然となりながらも鬼を必死で観察した。

わかった。

異常に筋肉隆々なのだ。
一昨年も昨年も、鬼は着ぐるみだった。なのに、今年の鬼は素肌に真っ赤なボディペインティングをほどこしている。赤く膨れ上がった胸筋、大地が裂かれたような腹筋をたたえた鬼が、子どもたちを追いかけまわしている。

なんだ、このリアルな鬼は。どこの体育大学からスカウトしてきたんだ。

僕たちは次々につかまり、ホールの壁に一列に並べさせられた。
子どもを追いかけた興奮からか、鬼の目は血走っていた。

鬼が僕たちに話しかけてくる。

「今日、この中から8人、味噌汁の具材にしたいと思っています」

意外にも、淡々とした声。荒い息混じりなのに、妙に落ち着いたトーン。ゾッとする。

「鬼は、人間の子どもの味噌汁が大好きなのです」

脇から冷たい汗が流れ落ちる。

「では、8人の名前を、発表します」

鬼が子どもたちの名前を呼び上げていく。最後に、僕の名前が呼ばれた。生きた心地がしなかった。

「この8人は、先日、園長先生が大事に手入れをしている花壇を掘りかえしました。よって、味噌汁にされます」

鬼のその発表を聞いて、「仕組まれた」と直感した。

園長先生が黒幕だったのだ。僕らを懲らしめるために、この鬼を呼んだのだ。

しかし、真実を悟ったところで、僕らになす術などなかった。
僕たち8人は、泣いて鬼に許しを乞い、「最悪、うちの弟たちを味噌汁の具材としてそちらに献上しますから」と家族すら裏切る発言をし、最終的には鬼に園長室に連れて行かれて、園長先生に謝罪することでどうにか「味噌汁行き」からは免れることとなった。

あれは人生で初めて受けたパワハラだと、今になって思う。

 

あれから、時は経ち、僕は大人になった。何度も節分を経験し、次第に節分を好きになっていった。それでもあの五歳の日の節分は、淡い恐怖として今でも心のどこかに残っている。

あの鬼役をやった男は、今もこの世のどこかで生きているはずだ。男の正体を突き止め、Facebookなどでその男の素顔を確認するなどし「なんだ、やっぱりただの人間だったか」と安堵したい。自分の人生の「鬼はそと」はそこで初めて成就する。そんな願いを込めて、毎年この季節が来るたびに「鬼 〇〇幼稚園 正体」で検索を重ねているのだが、いまでもあの鬼の正体を知る術はブラウザ上に現れることはない。

あと、これはあんまり関係ない話だが、こないだFacebookで「恵方巻きは実はエロい」という記事がシェアされまくっていた。

「関西の旦那衆が遊女に太巻きをくわえさせて面白がったのが始まり」とのことで、僕のFacebookのタイムラインにも節分前からこの記事がいくつも流れ込んできていた。

で、とにかく気になるのは、この記事をシェアしている知人たちが、そろいもそろって全員男性、という点である。

「恵方巻って、実はこんなにエロいんだぜ、ぐへへ。ほら、見てみろよ、この記事を。いいから、ほら」

不特定多数の女性に無理やりいやらしい話題の記事をシェアして見せつける男性たちの顔が浮かぶ。なんだ、お前たちは。これは「無意識のセクハラ」なのではないか。遊女に太巻きを無理やりくわえさせていた関西の旦那衆とお前とに、どれほど差があるというのだ。こんなくだらないことシェアしてないで、お前は暇さえあればネイルかパズドラしかしない彼女とでもおとなしく遊んでいろ。そんなことを思う。

パワハラの次は、セクハラか。節分の未来を想うと、気が重くなる。

 

 

*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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