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第18回:「アメリカ 諺」

 

<第18回>

1月×日【アメリカ 諺】 

昼過ぎにぶらぶらと近所を散歩していたら、郵便局の前で外国人に声をかけられた。アメリカ人だろうか。ペラペラと早口で何かを尋ねている。

全然、わからない。

僕は英語が異常に苦手だ。英検は5級しか持っていない。
英検5級。「だったら、持っていないほうが、英語喋れそう」という、非常に恥ずかしい資格だ。

英検5級の僕は、必死で外国人の言葉のヒアリングを試みたが、どうしても呪文にしか聴こえない。左脳に冷や汗が走る。

それでも外国人はめげずに何かを尋ねてくる。僕は急速に脳疲労を感じながらも「人類、みな兄弟」の精神でその場から逃げず、懸命に彼の意を汲もうとする。

一向に状況は進展しない。

どれくらいそうしていただろうか。突然、彼は目の前にある建物が郵便局だということに気がつき、ジェスチャーで「あ、これこれ。郵便局を探していたのさ」と僕に伝えてきた。
そして「あ、キミはもういいっす。家で肝油でも食べてなさい」とばかりに適当なウィンクを投げてよこし、郵便局の自動ドアの向こうへと消えていった。

灯台下暗し、である。

骨折り損のくたびれもうけ、である。

彼を追いかけて「灯台下暗し!」「骨折り損のくたびれもうけ!」と日本古来の諺を浴びせかけてやろうかとも思ったが、それら諺を英語で言える自信もなかったので、すごすごと家に帰った。

「アメリカ  諺」でグーグル検索。

いつまでも英語から逃げてはいけない。アメリカの諺のひとつでも覚えて、英語コンプレックスから抜け出さなくては。

ブラウザに「日本の諺に近いアメリカの諺を教えてくれる」というサイトが現れた。これは便利だ。

まずは適当に「一寸の虫にも五分の魂」で調べる。

日本「一寸の虫にも五分の魂」→アメリカ「猫でも王様を見に行ける」

実にアメリカらしい諺である。
「おい、王様がいるらしいぞ」
「よし、見に行くか」
そんな会話をする、「トムとジェリー」的な、アニメタッチの猫の姿が浮かんでくる。

気がつくと、夢中になって調べていた。

日本「覆水盆に返らず」→アメリカ「こぼしたミルクを嘆いてもしかたがない」

ミルクをこぼして「ああ、ジーザス!」と嘆いている、そばかすだらけで前歯を矯正中のアメリカン小学生の顔が容易に想像できる諺だ。

日本「塞翁が馬」→アメリカ「四月の雨は五月に花を咲かせる」

なんてライトノベルのタイトルみたいな諺なんだ。

日本「自業自得」→アメリカ「ベッドを整えたら、そこで寝ることになるだろう」

ホテル就業のマニュアルみたいな諺だ。

日本「背に腹は変えられぬ」→アメリカ「選んでホームレスになるわけではない」

直接的すぎる言い回し。

日本「早起きは三文の得」→アメリカ「早起きの鳥は虫を捕まえる」

ただ鳥の習性を説明しているだけの気もする。

あと、日本に似た諺のない、アメリカオリジナルの諺として「朝のバターは金、昼は銀、夜は鉛」というものがあった。意味は「脂っこいものを遅くに食べるのは身体によくない」だそうだ。わざわざ諺にすることなのか。

ハっと気づいたら、もう夜だった。何時間も、アメリカの諺に夢中になっていた。
諺の和訳部分だけ読んでいたので、結局ひとつも英文は覚えられなかった。
ずっとPC画面を眺めていたので、頭が痛くなっていた。またしても骨折り損のくたびれもうけだと思った。
そして冷蔵庫を開けて、夕食を食べた。脂っこいものは、控えた。

 

 

 

*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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