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映画賞レースで大健闘! 貧困に苦しむアメリカ人のリアルを描いた“21世紀アメリカン・ニューシネマ”

作品賞を含むアカデミー賞4部門ノミネートの『最後の追跡』の見どころを紹介

トランプ支持のアメリカ人たちを苦しめる“貧困病”

 『ラ・ラ・ランド』『ムーンライト』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』『メッセージ』……。これらは昨年末からのアメリカの映画賞レースで先頭グループを走る話題作のタイトルだ。当然ながらどれも今後の日本での劇場公開が決まっているが、いささか異質な1本の映画が批評家筋の絶賛を博し、賞レースで大健闘を見せているのが『最後の追跡』(原題:Hell or High Watar)」だ。

 共に3部門にノミネートされたゴールデン・グローブ賞(作品賞/ドラマ部門、助演男優賞、脚本賞)、英国アカデミー賞(助演男優賞、脚本賞、撮影賞)では惜しくも受賞を逃したが、すでに30以上の賞を獲得。1月24日に発表されたアカデミー賞でも、作品賞、脚本賞、編集賞、助演男優賞の4部門でノミネートされ、映画やTVドラマのオンライン配信を世界的に展開しているNETFLIXのオリジナル作品で、日本でもすでに昨秋から配信されている。

 テキサス州の田舎町にふたり組の銀行強盗が出没し、FBIが捜査に乗り出してこない数千ドル程度の少額の強盗を繰り返す。引退を間近に控えた老保安官ハミルトンは、その手口から犯人たちは賢く練り上げた計画を遂行しており、また次の銀行を狙うだろうと推測して張り込みを開始する……。

 このようなストーリーのテキサス、銀行強盗、保安官といったキーワードを抜き出せば、映画ファンの多くは「ああ、これは西部劇なのだな」と思うだろう。まさしく西部劇の様式に則った作品ではあるのだが、これは紛れもない現代劇であり、実に懐が深くて面白い。

 犯人のふたり組は30代とおぼしき兄弟で、兄トビーは出所したばかりのならず者、弟タナーは離婚した妻との間にもうけたふたりの息子のために、何が何でも間近に期限が迫った借金を返さなくてはならない事情を抱えている。先祖代々の慢性的な“貧困病”にあえいできた兄弟は、その元凶である地元銀行を襲い、代償を支払わせてすべての落とし前をつけるつもりなのだ。それがテキサス人の流儀というわけだ。

 本作には私たち日本人が思い描く、テキサスの雄大にして詩情豊かな風景が何度も映し出される。ところが都市部から遠く離れた街並みはどうしようもなく寂れきっており、イラク帰還兵の悲痛な落書きや金貸しの看板があちこち目につく。もはやアメリカンドリームの栄光の影もなく、資本主義の権化たる銀行が貧しい人々から搾取する理不尽な現実。その半面、強盗中にふと油断した兄弟は、日常的に銃を携帯しているカウボーイハットの老人や自警団の猛烈な逆襲を食らって逃げ出すはめになる。

 これもまたテキサス人の流儀であり、時間が止まったようにはるか昔から変わらぬテキサスの日常なのだろう。ドナルド・トランプが先の大統領選挙でこの州を制した理由も、本作を見ればわかったような気にさせられる。“置き去りにされた人々”の心に入り混じった失意と誇り、そしてどこにあるのかわからない希望への枯渇が、何気ないひとつひとつの描写から伝わってくる。

 やがて追いつめられ、警官隊との半ば破れかぶれのカーチェイス、銃撃戦を繰り広げる兄弟と、これを自身の“最後の追跡”と思い定めるベテラン保安官の人生がクライマックスで交錯していく。その果てに待ち受ける“決着”には、登場人物それぞれが背負った人間の業や宿命がにじみ、複雑にして苦く深い余韻を残す。エンディングに広がるのは、やはりテキサスの大地だ。そこにどっしりと根づき、もがき苦しんで生き抜こうとする男たちを描き上げた本作は、西部劇というよりも“21世紀のアメリカン・ニューシネマ”と呼ぶにふさわしい。

 

 

『最後の追跡』 Netflixで独占配信中
作品URL: https://www.netflix.com/title/80108616

出演:ジェフ・ブリッジス
   クリス・パイン
   ベン・フォスター 他
監督:デヴィッド・マッケンジー
脚本:テイラー・シェリダン
撮影:ジャイルズ・ナットジェンズ
編集:ジェイク・ロバーツ
音楽: ニック・ケイヴ ウォーレン・エリス

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高橋 諭治

たかはし ゆじ

純真な少年時代に恐ろしい映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。世界中の謎めいた映画、不気味な映画と日々格闘しながら、毎日新聞などで映画評を執筆している。


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