■監督・選手の投票に客観性はない

「監督やキャプテンには、サッカーの理解において残念ながらそこまでの客観性はない」と、バロンドール創設者のひとりで元フランス・フットボール誌とレキップ紙編集長、96歳になる今も矍鑠としているジャック・フェランは、モンパルナスの自宅で私のインタビューにそう答えた。去年12月のことである。

 フェランが言うように、バロンドールはもともとジャーナリストのものであった。創設は1956年。レキップ紙の記者たちにより原型が作られ、最初の運営がおこなわれた後にUEFAに引き継がれた欧州チャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)が、その創設の過程がすべて明らかになり記録されているのに対し、バロンドールはそこがハッキリしない。編集部員たちの話し合いの中から、自然発生的に生まれたというのがフェランの見解である。

「当時のフランス・フットボール誌は、売上が伸びずに廃刊の危機にあった。だが記者たちは、この雑誌をなくしたくなかった。レキップ紙だけでは紙面が限られ、思い切り原稿を書ける場所を彼らは失いたくなかった。そこで雑誌が主催して個人表彰をしてはどうかということになった。各国の記者たちにも同じアイディアを持っているものたちがいて、話はとんとん拍子に進んでいった」と、フェランは当時を振り返る。

 1950年代は、ヨーロッパが第2次世界大戦の荒廃から立ち上がり、今日にまで至る戦後体制を築きあげた時期である。EUの起源といえるヨーロッパ石炭鉄鋼共同体の設立が1952年、ヨーロッパ経済共同体(EEC)の設立が1958年である。サッカーでもUEFAの設立が1954年。同じ年にはスイスで、ヨーロッパにおける戦後初のワールドカップが開催された。ガブリエル・アノの提唱から、フェランはじめとするレキップ紙の記者たちが欧州チャンピオンズカップをスタートさせたのが1955年。バロンドールは、チャンピオンズカップというクラブの、ヨーロッパ選手権(EURO)というナショナルチームの全ヨーロッパを網羅する大会の創設なしにはありえなかった。ヨーロッパ全体を同じ基準で評価する大会の成立とともに、各国の記者たちによるヨーロッパ最優秀選手の選考も始まったのだった。