【高市発言】中国が日本への猛抗議で持ち出した「敵国条項」とは? (後編)高市政権は“帝国日本”の凋落を加速化させた理由【中田考】
《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第5回】

◾️1. 高市失言と“帝国日本”の凋落
今回は前回予告した通り、「ポストコロニアル国家批判理論」を援用して“敵国条項”該当国であることの“帝国日本”の意義について論ずるが、その前に先ずこの《時評》の基本的スタンスを明らかにしておきたい。
本連載は、“帝国日本”の凋落は不可避との悲観論に立ちながら、それを出来るだけ遅らせるソフトランディングの道を探すことを目的とする。高市政権の誕生は“帝国日本”の凋落を加速化させた。首相就任後僅か1か月あまりで、自ら後継者を任ずる右翼反中の安倍長期政権下で日中関係が冷え込んだ時期は言うまでもなく、靖国公式参拝が外交問題化した中曽根政権期の冷戦期でさえ現役の首相が国会答弁のような公の場で決して口にしなかった台湾有事における軍事介入を明言し[1]、中国政府に日本非難で史上初めて“敵国条項”に言及して高市を非難する公式文書を国連に提出させるという大失態を演じた。[2]ロシアと北朝鮮の軍事連携で生じた東アジア地域の不透明感への対処に向け日本が中韓とともに役割を果たそうと目論んで日程調整していた日中韓首脳会議(サミット)も年内開催の見送りが確実になり、日中関係の悪化が日本の東アジア外交にも影響を及ぼし始めている[3]。
それにもかかわらず世論調査によると高市政権は高い支持率を維持している。筆者は11月20日の時点で《筆者は高市を首相に選んだ“帝国日本”が大日本帝国の敗戦処理を正しく成し遂げる内発的に自浄、再生する未来の到来については悲観的である。しかし内発的な契機には乏しくとも想定外の外圧によって未来が開ける一縷の望みは残されている。それはニューヨーク市長選でゾフラーン・マムダーニーに勝利をもたらした国際政治上の新潮流である。私見に拠ればその新潮流とはMAGAトランプ(トランプ2.0)の敵であった既存の民主党的リベラルではなく、民主党的「似非リベラル」エスタブリッシュメントの偽善が生み出した対抗勢力であり、MAGAトランプの目指す所謂「ディープステート解体論」と表裏の関係にあるアンチテーゼの「脱植民地主義的知性の再構築を目指すポストコロニアル国家批判理論」である》と書いた[4]。

極右排外主義に支えられて政権についた高市が、自らの失策を認めないことで却って彼らの拍手喝采を浴びて支持率を高めるために反中軍拡路線の方針転換ができず、日本の凋落を加速化させることは、高市が総理に選ばれた時点から既に織り込み済みである。高市発言が「従来の政府見解を完全に維持している」[5]と言い繕って閣議決定として発表してしまった後では、どう言い訳しようと1971年の日中共同声明後も、日本政府は声明を裏切り密かに軍拡を続け台湾を手掛かりに中国の分断、内政干渉を策謀してきた、と中国が“敵国条項”を持ち出し日本を非難する口実を与えるに過ぎない。
アジアの民衆に塗炭の苦しみを与えた敗戦国の分際で、資源自給率が極めて低く石油の約8割を米国に依存していながら日本が地政学の生存圏(Lebensraum)論を援用し米国による対日石油禁輸(1941年7月)や資産凍結を「実質的な戦争行為」とみなし、南方(英領マレー、欄印)資源地帯、満州への進出を「国家生存のために必要な自衛」と位置づけ大東亜戦争と東アジアへ侵攻した過去の過ちを忘れるな、ということである。
日本政府がそれに反論するのは、外国政府からの高市批判に対して高市を擁護するのが政府の仕事である以上、高市を批判しないことで政府を責めるのは「ないものねだり」というものである。外交官のインテリジェンスの実務を経験したこともない国民の絶対多数の「世論」が「常識」に囚われた意見に流されるのは無理もない。問題は高市個人の言動ではない。私見によると、言動が十分に予測できた高市を首相に国民が選んだ時点で、国粋排外主義、強権全体主義による富国強兵による帝国主義列強参入の大東亜帝国回帰路線にブレーキをかけることは内政的には不可能になった。
政権基盤が弱い高市政権が、議員定数削減問題などにおける路線の不一致で維新との協力合意が解消されて議会の解散、総選挙、自民党敗北による高市政権の崩壊の可能性はあるが、その場合は高市政権よりも更に国粋排外主義、強権全体主義の翼賛政権が成立することになるので、台湾問題に干渉し東アジアでアメリカと中国の代理戦争に巻き込まれるリスクが高まることには変わりはない。
しかし既述の通り、筆者は想定外の外圧によって未来が開ける一縷の望みを託しており、それを理解するには「脱植民地主義的知性の再構築を目指すポストコロニアル国家批判理論」を参照する必要がある。「ポストコロニアル国家批判理論」は《コロニアル(植民地的)な状況や条件、あるいは支配の形態が現在もなお引き続き存続している状況の中で、「コロニアル(植民地的)な状況や支配が終わった後の秩序や世界」を創造し、そのなかで生きるためには、「今何が求められているのか?」》[6]との実践上の問いを私たちに突きつけるものであり、その「問い」に向き合ったことがない限り、高市を政権につけた日本の現在の危機的状況に対応することは言うまでもなく、危機的状況にあることを自覚することもできない。
なぜ高市政権の振る舞いが日本の凋落を加速化させるのか、なぜ高市政権の登場と同時に中国政府が日本政府批判に“敵国条項”を持ち出したのか、なぜその事の重大性を日本の知識人が誰も指摘できないのかを知るために、“敵国条項”をめぐる議論をまず紹介しよう。
注 [1] 岡田充「対中国外交でみせた安倍元首相の意外な突破力 「脅威にならない」 との日中合意を引き出す」2022年7月13日付『東洋経済Online」参照。 [2] 中国は2025年11月21日にグテーレス国連事務局長宛に高市発言を1945年の日本の敗戦以来初めて、①台湾有事を日本有事とした上で集団的自衛権行使を公式に結びつけ 、②台湾問題への武力介入の野心を示し 、③中国への武力行使を公然と示唆したものであると「三つの初めて」を列挙して批判した。また日本が中国の抗議を無視し悔悟も撤回もしていないことは、戦後国際法と戦後秩序への重大な違反、挑戦であり、日本は第二次大戦の敗戦国として歴史上の罪を深く反省すべきだとし、日本が台湾問題に関する政治的約束を厳守せず挑発と「一線越え」をやめないなら、中国の「神聖な領土」台湾の処理は中国人民自身の問題で外国は干渉できないにもかかわらず、日本が台湾海峡情勢に武力介入すればそれは「侵略行為」に当たり中国は国連憲章と国際法に基づき中国は自衛権を行使すると警告した。そして中国はこの書簡を国連事務総長に送付し、国連総会の公式文書として全加盟国に回付するよう要請した。 グテーレス総長宛書簡には「敵国条項(第53・107条)」の直接の言及はないが、日本が敗戦国と名指しされ国連憲章に基づいて日本が台湾に軍事介入すれば自衛権を行使すると述べていることから、これは“敵国条項”を指すと解説されている。Cf., 孔清江(中国政法大学教授、国際法学院院長、涉外法治研究院院長)「国連敵国条項:日本の右翼勢力の実態を改めて認識する」2025年11月16日付『 中国国際テレビ(CGTN)』. [3] 日中韓サミットは3カ国で朝鮮半島の安定策や経済協力の道筋を議論する枠組みとして1999年以降、9回開催されており、米国の同盟国の日韓と北朝鮮の後ろ盾となってきた中国が対話する枠組みとして日本の歴代政権が重視してきたもので、前回は日韓関係の悪化や新型コロナウイルス禍を経て4年半ぶりに 2024年5月に当時の岸田文雄首相と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領、中国の李強(リー・チャン)首相がソウルに集まって開催されていた。日本は議長国を韓国から引き継ぎ2025年3月に都内で日中韓外相会談を開き、早期のサミット開催を申し合わせ12月をメドに具体的な調整に入っていたが、11月の高市早苗首相による台湾有事を巡る国会答弁だった。「日中韓サミット年内見送り 日中対立が波及、東アジア安定へ目算狂う 日中対立」2025年12月4日付『日本経済新聞』参照。 [4] 中田考「台湾有事が起きてもアメリカは助けてくれない...高市首相はトランプに戦略的に利用される」2025年11月20日付『みんかぶマガジン』(有料プレミアム会員記事限定記事) [5] 「高市首相の「存立危機事態」答弁、従来の政府見解を「完全に維持」閣議決定」2025年11月25日付『読売新聞オンライン』参照。 [6] 池田光穂「ポストコロニアル」(https://navymule9.sakura.ne.jp/post-colonial.html:2025年12月6日閲覧)参照。
KEYWORDS:
✴︎KKベストセラーズ好評既刊 新装重版✴︎
★初の女性新首相・高市早苗「政治家の原点」がここにある★
『アメリカ大統領の権力のすべて』待望の新装重版
◎民主主義国家の政治をいかに動かし統治すべきか?
◎トランプ大統領と渡り合う対米外交術の極意とは?
★政治家・高市早苗が政治家を志した原点がここにある!
「日本は、国論分裂のままにいたずらに時間を食い、国家意志の決定と表明のタイミングの悪さや宣伝下手が災いし、結果的には世界トップ級の経済的貢献をし、汗も流したにもかかわらず、名誉を失うこととなった。
納税者としては政治の要領の悪さがもどかしく悔しいかぎりである。
私は「国力」というものの要件は経済力」、「軍事力」、そして「政治力」だと考えるが、これらの全てを備えた国家は、現在どこにも存在しない。
(中略)
そして日本では、疑いもなく政治力」がこれからのテーマである。
「日本の政治に足りないものはなんだろう?」情報収集力? 国会の合議能力? 内閣の利害調整能力? 首相のメディア・アピール能力? 国民の権利を保証するマトモな選挙? 国民の参政意識やそれを育む教育制度?
課題は随分ありそうだが、改革の糸口を探る上で、アメリカの政治システムはかなり参考になりそうだ。アメリカの政治にも問題は山とあるが、こと民主主義のプロセスについては、我々が謙虚に学ぶべき点が多いと思っている。
(中略)
本書では、行政府であるホワイトハウスにスポットを当てて同じテーマを追及した。「世界一強い男」が作られていく課程である大統領選挙の様子を描写することによって、大統領になりたい男や大統領になれた男たちの人間としての顔やフッーの国民が寄ってたかって国家の頂点に押し上げていく様をお伝えできるものになったと思う。 I hope you enjoy my book.」
(「はじめに」より抜粋)
◉大前研一氏、推薦!!
「アメリカの大統領は単に米国の最高権力者であるばかりか、世界を支配する帝王となった。本書は、連邦議会立法調査官としてアメリカ政治の現場に接してきた高市さんが、その実態をわかりやすく解説している。」

ALL ABOUT THE U.S. PRESIDENTIAL POWER
How much do you know about the worlds’s most powerful person―the President of the United States of America? This is the way how he wins the Presidential election, and how he rules the White House, his mother country, and the World.



<著者略歴>
高市早苗(たかいち・さなえ)
1961年生まれ、奈良県出身。神戸大学経営学部卒業後、財団法人松下政経塾政治コース5年を修了。87年〜89年の間、パット•シュローダー連邦下院議員のもとで連邦議会立法調査官として働く。帰国後、亜細亜大学・日本経済短期大学専任教員に就任。テレビキャスター、政治評論家としても活躍。93年、第40回衆議院議員総選挙に奈良県全県区から無所属で出馬し、初当選。96年に自由民主党に入党。2006年、第1次安倍内閣で初入閣を果たす。12年、自由民主党政務調査会長に女性として初めて就任。その後、自民党政権下で総務大臣、経済安全保障大臣を経験。2025年10月4日、自民党総裁選立候補3度目にして第29代自由民主党総裁になる。本書は1992年刊行『アメリカ大統領の権力のすべて』を新装重版したものである。
✴︎KKベストセラーズ「日本の総理大臣は語る」シリーズ✴︎

✴︎KKベストセラーズ 中田考著書好評既刊✴︎
『タリバン 復権の真実』
『宗教地政学で読み解く タリバン復権と世界再編』
※上の書影をクリックするとAmazonページにジャンプします



