もう治らない病かと思っていた「私の居場所探し」。「居場所」は探すものでなく作るものだと気づいた日【神野藍】
神野藍 連載「揺蕩と偏愛」#18
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、初著書『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』を上梓した。いったい自分は何者なのか? 「私」という存在を裸にするために、神野は言葉を紡ぎ続ける。連載「揺蕩と愛」#18は「私の『居場所探し』から私の『居場所作り』へ」

◾️ここではないどこか
わが魂が遂に口をひらき、悟り澄まして叫ぶには「かまわないわよ、どこだって、この世の外でさえあれば」-Any where out of the world (Charles-Pierre Baudelaire)
ずっとここではないどこかに行きたかった。
私の居場所はここではないどこかにあって、しっくりと馴染むところがあると信じて探してきた。ただ私にとってのどこかとは漠然としたもので、具体的に説明できるほどの言葉は持ち合わせていなかった。
誰かの隣、家の場所、“考えられる今の自分の力で変えられそうな場所” を転々とすることで、その度に私の欲求は小さく静かになっていく。でも、一定期間が過ぎると私が信じていた正しさや完璧さというものは薄れていき、また探し始めてしまう。同じ場所に定着することを恐れる自分がいて、どこかに旅に出ても、「ああ、やっぱりここではない」とため息を吐いて帰路についていた。
定着することなく、居場所を探し続けていく。もう治らない病のようなものをずっと抱えていくと思っていた。
11月にまた引っ越しをした。あれだけ「更新するまで住む」と周りに豪語していた割に、1年半経たずに契約は終わった。小さな水槽の中で、ほんの少しだけ北から南に。近くに友達が何人か住んでいて、大切な人がそばにいる。どこに行くにもアクセスが良い。”条件”としてはそれなりに完成されていた。
入居前、採寸が書いてある紙と画面を交互に眺めてはカートに必要なものを入れる行為を繰り返していた。置きたいもののサイズを想像して、「あれは駄目」「これは入るけど好きじゃない」とぶつぶつ言いながら頭を悩ませていた。
そんな私に、デスクで作業していた彼がふと顔を上げて言った。
「思ったんだけど、引っ越してから買ったら?」
「え、最初から全部揃っている方が良くない?」
「持っていく家具で不便だけど生活はできるよ。徐々に落ち着く部屋を作っていけば良いよ。そうやって作っていく方が好きな家になるんじゃない?」
責め立てられているわけでもなく、諭されているわけでもなかった。普段と何も変わらない声色に、なぜかうまく答えが返せずに布団にくるまった。
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに



