もう治らない病かと思っていた「私の居場所探し」。「居場所」は探すものでなく作るものだと気づいた日【神野藍】
神野藍 連載「揺蕩と偏愛」#18
◾️「完成されていること」への執着
東京に来て何度も引っ越しを繰り返したけれど、毎回住み始めたその日から整っている状態にしなければと思っていた。荷物が溢れかえって、物の住所が定まらないと気持ちが落ち着かなくなる。
でも、それは「完成されていること」への執着だったのかもしれない。
物がきちんと収まっていれば、自分の心もぴたりと定位置に戻る気がしていた。無駄なく整った空間に身を置くことで、自分の輪郭もくっきりと見えるような気がしていた。そうすれば、私の衝動も静かになってくれる完成された部屋に住めば、人生も『どこか』へ彷徨うことなく、良いものに見える気がした。けれど、それは私にとって治療にはならず、気がつくと物件サイトと旅行サイトを往復していた。
今回は少し違う。最低限の荷物だけを持って、引っ越したその日から暮らしながら、部屋を育てていくことにした。箱の中に私を合わせるのではなく、私の生活に合わせて箱を変えていく。落ち着いたら買い足そう。もし駄目だと思ったらうまく調整していけば良い。カーテンの丈は少し足りていないし、物の住所は定まっていないけれど、不思議なことに穏やかな気持ちになれた。
夜、窓を少し開けると、冷たい風が吹き込んできた。膝の上に乗っていた犬は窓の外が気になるようで、器用にソファのへりに登って様子をうかがおうとしていた。ふさふさとした尻尾が動いている。ふと、「この場所が好きかもしれない」という感情がふっと湧き出した。
彼が耳を塞いだイヤフォンを外し「よし、今日中にテーブル組み立てるよ」とくつろぐ私に説明書を差し出してきた。口では「今からやる気出ないよ」なんて言っていたけれど、心のどこかでこの作業が終わったら、沸き立った感情の輪郭がもっとはっきりするような気がしていた。
私が本当に求めていたのは、「この世の外」ではなかったのかもしれない。名前のついていない、これから少しずつ育てていく場所。それこそが、私の“どこか”だったのだと思う。
私の居場所探しはこれで終わった。けれど、私の居場所作りはこれからも続いていく。それは家も、誰かとの関係性も、そして私のこれから歩んでいく人生もだ。
文:神野藍
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに



