経済発展がもたらしたもの【森博嗣】連載「道草の道標」第12回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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経済発展がもたらしたもの【森博嗣】連載「道草の道標」第12回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第12回

 

【現代人は何に敗北したのか?】

 

 物価が上昇して生活が苦しいという。日本の場合、失業率はそれほど高くない。しかし、いくら働いても賃金が上がらないから、ゆとりのある暮らしができないという。

 今の若者たちはみんな、スマホを持っている。行列のできる店で写真を撮っている。外食が日常のようだ。家賃の高い都会で暮らし、子供にもペットにもお金がかかる。着るものも、食べるものも、住むところにも金がかかり、加えてエネルギィも高い。たしかに、なにに対しても金がかかる世の中になった。

 少し昔のことを考えてみよう。一家には稼ぎ頭の当主がいて、その一人の収入で、今よりも多数の家族を養っていた。家には老人がいたし、子供も多かった。今よりも賃金が高かったわけではない。それでもやっていけたのは、扶養するためにかかる費用が少なかったからだ。老人はどこにも行かず寝たきりだったりする。主婦は家事で忙しく出かける暇などない。テレビかラジオがあったとしても、一家に1台だけ。エアコンはない。電話もない。おもちゃもゲームもない。電気の使用量も知れている。

 さて、今はどうか? 電話を全員が持ち、それどころか各自が使用する電化製品が沢山ある。エアコンが各部屋にあり、音楽や映像を楽しむ機器も個別にある。水もお茶も高い。薬もサプリも高い。雑巾はウェットティッシュになり、除菌や防虫のアイテムも増えた。収納に困り選択に迷うほど衣料を所有し、しかも出かけていく先々で消費活動に勤しむ。エンタテインメントに陶酔するのが当たり前になって久しい。好きな遊びにお金を使うことに市民権が与えられた今日この頃である。

 こうなると、稼ぎ頭一人の収入で、大勢の家族を養うことは到底無理だ。夫婦は共稼ぎになり、子供も増やせない。自分一人で生活するのさえ精一杯になった。

 結局、収入が増えないというよりは、個人の消費が爆発的に増加している結果である。そして、何故そうなったのかといえば、経済が発展し、魅力的な商品が大量に生産され、それらを購入することが「普通」だ、との宣伝に乗せられたからだ。

 消費拡大を見込んで生産し、次から次へと商品を送り出す。一方で、家族を養うことが難しくなり、子供が減る。だが、個人の消費量は限界に達する。すべてが頭打ちになる。そうなると、あとは観光、ギャンブル、投資へと誘うしかない。これらには、新たな生産や技術がさほど必要ない。何故なら、リアルではなく、ヴァーチャルだからだ。

 このようにして、現代人は経済に敗北し、消費者のキャパシティが減少することで経済発展が終焉を迎える。消費者を敗北させるまで発展しようとしたことが、逆に経済の敗北となる。

次のページしかし、個人の敗北はない

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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