素人デザイナー、5日間の徹夜作業をすべてムダにした「車輪」の正体【斉藤啓】
どーしたって装丁GUY 第5回
■思わぬところに道はあった

写植とは、写真植字機という機械を用いて、文字盤の文字をひとつひとつひとつカメラで撮影、撮りならべた文字組を印画紙に感光させ、その印画紙を紙焼き(今で言うプリント)として現像する技術。超ざっくり言うと、写真の原理を応用した文字デザイン製作システムのこと。
つまり印刷用のキレイな文字組を作るには「写植屋さんに外注する」、これが正解だったのです。
写真植字機は非常に高額、かつ職人さんによる複雑精緻なマニュピレーションが必要不可欠で、外様であるデザイナーには足を踏み入れられない専門領域。そして写植屋には国内外・古今東西様々な書体が文字盤として膨大にストックされ、デザイン・イメージに沿った書体を選ぶことができる。当然ながら文字の大きさや、字間(字と字の間隔)、行間(行の間隔)、太さ細さ、斜体や角度なども思いのままに指定が可能という。
「うそでしょ…そんなのずるいや…」。そんな便利なモノがあるのだとしたら、この5日間、自分の手でなんとかしようと目を真っ赤にして試行錯誤し続けてきたのはいったいなんだったのか。そもそもが攻略可能性0%の無理ゲーだった。この信じがたい現実に体の力が一気に抜けてゆく。
O野さんはそんなぼくには目もくれずデザインラフをあらためてまじまじと眺め「写植も知らずにここまでやったのかよ…」、と何故だか微かに笑った。すぐのち真顔で向き直り、
「斉藤ちゃん、ちょっと聞いてくれ。ラフを見るに、仕上がりイメージはすべてまとまっているようだから、これを少し手直しして設計図として、あとはすべて版下屋さんにお任せしないか?」
版下とは印刷用の最終原稿のことで、版下屋とは写植屋と連携して、レイアウトから版下製作までのフィニッシュをすべてやってくれるプロ集団だ。斉藤ちゃんの知識や理解が及ばないノウハウを彼らは知りつくしている。
「今やるべきことは、斉藤ちゃんの自由な発想でブース全体のデザインをイメージすること、そしてそれを最大限実現させるための指示と監督をすること。今からはこれに集中しないか?」
普段はノラリクラリなO野さんからの完璧な提案に気圧され、首だけうんうんと頷くぼく。やばい、O野さんが「かっこいい時の山岡」に見えてきた。イラストを描く手が止まり筆から絵の具が机にポタリと落ちる。
「あと、今描いてるそのイラスト。銭湯のペンキ絵みたいでキッチュでイイじゃん。そのイラストをメインに大きく扱いつつ、サブとして写真もどんどん入れてみたらどう?」
O野さんが話すには、なんでもレンタルフォト屋さんという業種があり、国内外のプロ・カメラマンが撮った写真が大量にストックされており、ブ厚い図録からその写真と通し番号を指定すれば、電話一本で有償レンタルしてくれるという。人物でも風景でも思いつく限りあらゆる写真が揃っており、もちろん尾瀬の風景写真も「大量に手に入ると思うよ」。

