越境的専門誌『ワトソンJAPAN』と『GURU』【新保信長】 連載「体験的雑誌クロニクル」25冊目
新保信長「体験的雑誌クロニクル」25冊目
もうひとつ、人気連載として同誌の顔となったのが、いしかわじゅん「鉄槌!!」だ。スキーバスに置き去りにされたことをマンガに描いたら、バス会社に訴えられた。その裁判の一部始終を綴ったドキュメンタリー的エッセイである。
原告であるバス会社は嘘を並べ立て、弁護士は法外な着手金を吹っかけてくる。訴状や答弁書は何を言いたいのかわからず、審理は遅々として進まない。そんな理不尽と不可解の詰め合わせのような裁判の実態を、素人目線の困惑とツッコミを交えて描き出す。リアルタイムではなく、すでに終わった裁判の話なのだが、あまりにカオスな展開に、読んでるほうは「このあとどうなるの……!?」と気になって仕方ない。
業界注目度も高く、『週刊宝石』で大きく取り上げられたり、各所で話題に。A5判にリニューアルした5号目からは読者が世の理不尽に怒りの声を上げる「みんなの鉄槌!!」のコーナーも始まる。8号では連載のアイキャッチ的キャラのイラスト入りテレホンカードプレゼント企画もあった。
が、この連載は未完に終わる。『ワトソンJAPAN』がその8号(1993年7・8月号)にて休刊してしまったのだ(『鉄槌!!』は、のちに単行本化された)。奥付に休刊の告知はあるものの、各種連載は「次号に続く」となっており、それどころか「キム・ミョンガンの愛と法律」が新連載として始まっているのだから、本当に突然の休刊だったのだろう。
「鉄槌!!」でいしかわが毎回休刊ネタを枕にしていたし、読者投稿でも休刊を心配する声が多々あったように、いつ休刊してもおかしくない雰囲気は漂っていた。この手の雑誌を愛好する人間は(私も含め)そのへん敏感なのである。とはいえ、いざ休刊するとやはり残念。法律をテーマにしながら、サブカル的要素もあって、専門誌の枠にとどまらないチャレンジングな雑誌であった。
創刊号から4号まで「Senior Editor」としてクレジットされている伊藤卓氏は、創刊号の編集後記で次のように記している。
〈ここで、ひっそりと宣言しておきたい。本誌は『ワンダーランド』や『モノンクル』といった、かつて、われわれが愛した雑誌たちの末裔だ。だから、本誌を昨年来の男性誌創刊ラッシュという文脈で語るのだけは止めて頂きたい〉
ここで言う創刊ラッシュの男性誌とは【17冊目】で取り上げた『マルコポーロ』『Bart』『VIEWS』『バッカス』(いずれも1991年創刊)あたりを指すのだろう。それらとは一線を画し、伝説的雑誌である『ワンダーランド』(晶文社/1973年/植草甚一編集)や『モノンクル』(朝日出版社/1981年/伊丹十三責任編集)の名前を出してくるあたり、雑誌文化へのこだわりを感じる。
2号目では〈ともかく、もう一度、雑誌にワクワクしてみたい。大出版社の雑誌から失われてしまった雑誌本来の面白さを取り戻したい。本誌が目指すのはそれだけです〉とも述べていて、伊藤氏にとって法律というテーマは方便にすぎなかったのかもしれない。

