【高市早苗】新総理に待ち受ける冷徹な現実。「対中抑止の最前線に立つ地政学的緩衝国家」としての役割【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【高市早苗】新総理に待ち受ける冷徹な現実。「対中抑止の最前線に立つ地政学的緩衝国家」としての役割【中田考】

《中田考 時評》文明史の中の“帝国日本”の運命【第2回】

 

◾️2.自公連立とは何であったか

 1999年に自民党は公明党と連立を組み「自公連立政権」が誕生したが、以後2025年10月まで連立は継続していた(2009-2012年の民主党政権期には中断)。

 自民党が敗北した1993年の選挙の時点で中間団体の弱体化、有権者の価値観の多様化と投票行動の流動化による分極的多党制化の傾向は明らかになっていたが、1994年の選挙制度改革による小選挙区導入で組織票を持つ公明党の票の可搬性が決定的な価値を持つようになった。1993年の細川政権が成立した衆議院選挙では51議席を取った公明党が大きな役割を果たし4つの閣僚ポストを得ている。しかしこの連立政権の崩壊後、公明党は分裂したが1998年公明党と自民党の和解ムードが高まり、小選挙区比例代表並立制の下で公明党はキャスティングボートを握り、1999年10月に公明党が合意文書で政策協調と小選挙区の候補者調整を明記したことで、自公明連立政権が誕生し四半世紀以上続いた自公の選挙協力体制の基礎が置かれた。

 公明党は1970年に「国立戒壇」論を放棄し「王仏冥合」「仏法民主主義」等の語を綱領から除去し政教分離を宣言し、宗教政党からあらゆる階層を包含する中道の国民政党に路線転換し、「非核三原則」を国是とし専守防衛によって「国連中心の国際平和貢献」を目指し、推進する枠組みで自党の平和主義を政策化し、自民党の自衛隊の海外派遣や軍備増強に反対していた。

 しかし1999年の自公連立以降は与党内で自民党の軍事政策に一定のブレーキをかける機能を果たしたとも言われるが、平和主義の後退は明らかで自民党の軍事政策に追従して妥協を重ねる姿勢は支持母体である学会員の間でも批判が強まっていた。[1] 一方で創価学会をはじめとする大教団の集票力が軒並み大幅に減っており、自民党の側にも公明党との連立にメリットが感じられなくなり公明党軽視の風潮が強まっていた。(小川寛大「政治家の“二股”を黙認してきた宗教団体の末路 2022年の夏は日本宗教史の大転換点になる」2022年9月7日付『プレジデント』)。

 2025年10月11日の自公連立解消は直接の引き金は、公明党からの企業・団体献金への規制強化と統一教会からの裏金事件の真相解明の要請に対する高市新総裁の対応への不満であった。しかし実際には26年にわたる連立の歴史の中での創価学会を母体とする公明党の「専守防衛」の平和主義、理想主義の理念と自民党の敵基地攻撃能力の保有や防衛費倍増による軍事力強化、国粋主義化の対立の深刻化、政教分離によって国民政党に生まれ変わった公明党と支持母体の創価学会の乖離と創価学会そのものの弱体化による公明党の集票力の減衰の加速化などの諸要因の積み重ねの結果であり、国粋主義、排外主義の軍事タカ派の高市政権の誕生は自公連立の構造的限界を露呈させる両党の長年の摩擦、対立の重荷を背負い続けてきたラクダの背を折る最後に積まれた一本の藁となったのである。

 

[1]  島田裕巳『公明党vs.創価学会』朝日新書2007年、島田裕巳「なぜこれほど公明党はダメになってしまったのか」2014年6月16日『アゴラ』参照。

 

所信表明演説をする高市早苗首相

 

◾️3.統一教会問題

 統一教会(現・世界平和統一家庭連合)は、東京地裁が2025年3月25日に解散命令を出し、教団は東京高裁に即時抗告中であるが、宗教法人格の剥奪可否が係争となっている。韓国では総裁の韓鶴子が第20代大統領尹錫悦の妻金建希らへの贈賄関与等で起訴されており、公判の帰趨が日本の政局にも影響しうる。安倍晋三暗殺後に明らかになった安倍派と教団の関係が自民党全体の説明責任を長期化させ、資金問題への不信も相まって連立与党の再編・離脱圧力を強める要因となっている[2]

 統一教会以前に宗教法人に対する解散命令が出されたのは、①明覚寺と、②オウム真理教の2件しかなく、いずれも殺人、暴行、詐欺のような刑事事件が組織的に行われたという極めて重大なケースであった。ところが統一教会の解散命令は、教団が犯罪を犯しておらず民事事件を起こしているに過ぎないにもかかわらず非公開の審問のみに基づいて解散命令が出された極めて異常なケースである。[3]

 『宗教問題』編集長小川寛大は、安倍元首相銃撃事件が2012年の教祖文鮮明の死後内紛で衰え創価学会票はおろか幸福実現党の票数にも遠く及ばない数万票の集票力しかない統一教会に注目を集め連日のマスコミによる統一教会批判によって「宗教は怖い」という社会の空気を強め宗教団体の力をますます削いでいき、「2022年の夏はこの国における“政治と宗教”の大きな転換点として記憶されるだろう」と述べている。

 小川によると集票力が急減しているのは創価学会、立正佼成会、幸福の科学のような新宗教だけではなく、伝統宗教の神道政治連盟も同じである。しかし特定の教団に入会して組織的活動をする者が減っているのに対してパワースポットやスピリチュアルのような宗教ではないが“宗教っぽいもの”はむしろ人気が高まっていることに小川が着目し、2022年の時点で「スピリチュアルな雰囲気に下支えされた新しい“宗教っぽい運動”や外来の宗教が台頭している現実を見逃すべきではない。その意味でも2022年という年は、この国の宗教史の節目になるはずだ」と指摘していたのは慧眼と言うべきであろう[4]

 「組織票欲しさに二大宗教団体を利用してきた自民党と、その旨みを享受してきた宗教団体」と批判されるように自民党は集金と集票のために宗教団体を無節操に利用してきた。多くの自民党員にとって資金援助や選挙協力を求めて(旧)統一教会主催の会合に出席したり会合に祝電を送ったり広報誌でインタビューに応じたりすることは日常化していた。

 統一教会の裏金問題が再浮上したのは、裏金問題に誠実に対応しなかった高市新総裁への不満を直接のきっかけに公明党が政権離脱を表明したことによるが、石破前総理もまた地方創生担当相だった2015年年6月に教会系団体「世界戦略総合研究所」の定例会で講演し17年には統一教会系の日刊紙『世界日報』の元社長から10万円の献金を受けており、総理就任後も調査を明言していない。裏金解明問題は高市だけの責任ではなく自民党の宿痾である。[5]

 SNSI(副島国家戦略研究所)を主宰する副島隆彦は、日本と中国を戦わせるために統一教会は日本の政界に浸透しており、自民党では旧安倍派(清和会)と安倍の後継者である極右のタカ派政治家の高市が統一教会の熱烈な支持を受けているが、自民党には石破前総理、中谷前防衛大臣、村上誠一郎前総務大臣、林芳正前官房長官 ハト派の政治家も存在する、と述べている。副島によると自民党以外では現在は解散命令が出されている統一教会の名前での活動が封じられているため、統一教会は参政党の活動家や国民民主党の職員などに姿を変えて、高市を熱烈に支持しているが、立憲民主党は野田党首ら数人のみが追放すべき統一教会の隠れ幹部である。[6]

 10月22日付の『世界日報』の社説が高市の首相就任を祝して「岸田文雄、石破茂両政権が疎かにした「安倍晋三路線」を復活させ、離反した多くの保守層を取り戻して党勢回復につなげ、国家を再起するため尽力すべきである」と述べていることからも、中国との対立を煽る(旧)統一教会の影響には警戒を怠ってはなるまい。[7]

 

[2] Cf., Associated Press in Tokyo, “Tokyo court orders dissolution of ‘Moonies’ Unification church”,  The Gurdian, 2025/03/25.

[3] 「“統一教会”に解散命令 オウム真理教などに続き3例目」2025年3月25日付『日テレNEWS』、「【全文ノーカット】「宗教として尊敬と信頼を」「2009年以降 “霊感商法”1件もない」旧統一教会が「教会改革推進本部」設置 会見で何を語ったか」2022年9月23日付『TBS NEWS DIG』参照。

[4] 「聖書的保守主義を名乗る牧師」や「コロナ禍の到来を事前に予見したとする占星術師」や「他人の身体に触れることによって真なる健康と生命力を開花させると称するセラピスト」といった面々を候補に立てスピリチュアルな「宗教っぽい癒し」を求める人々の共感を集めた参政党が2022年に国政選挙初挑戦で1議席を獲得した事実に着目し、小川は宗教政党ではないが「宗教っぽいもの」を取り込んだ参政党を「日本人の新しい宗教観を反映した新しい政党」と評価する。またトランプ米大統領の支持基盤であるアメリカの福音派の影響を受けイスラエルにも近い単立教会の牧師金子道仁が日本維新の会から比例で国会で議席を獲得したことも重要な変化である。小川寛大「政治家の「二股」を黙認してきた宗教団体の末路 2022年の夏は日本宗教史の大転換点になる」2022年9月7日付『東洋経済ONLINE』参照。

[5] 遠藤誉「自公決裂!組織票欲しさに二大宗教団体を利用した自民党のツケ」2025年10月11日付『YahooNews!Japan』参照。

[6] 「旧統一教会と「つながりが深い」議員121人、自民が氏名公表」2022年9月8日付『読売新聞オンライン』、「徹底追及 統一協会石破新内閣 11人接点」2024年10月4日付『しんぶん赤旗電子版』参照。

[7] 副島隆彦「重たい掲示板【3196】」2025年10月6日付『副島隆彦の学問道場』参照。但し石破内閣の閣僚20人のうち少なくとも11人に統一協会や関連団体との接点があり、石破前総理は自民党と統一協会の組織的な関係性について調査、解明を行わなかったのも事実であり(「統一協会石破新内閣11人接点」2024年10月4日付『しんぶん赤旗電子版』)、統一教会の自民党への政策的影響は個々人で温度差が大きく過度に単純化、図式化することは慎むべきである。

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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