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語学や数学を学ぶ理由【森博嗣】新連載「道草の道標」第9回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第9回

 

【AIの文章は役に立たない】

 

 生成AIが文章を作ってくれるから、これを活用しない手はない、というのが、最近のトレンドらしい。たしかに、そこそこのものを出力する。だが、しょせん「そこそこ」なのだ。例はだいぶ不適切だけれど、大学入試で小論文の採点をしたことが何度かあって、そのときの受験生たちの大半が書いてくる文章みたいな感じ。大勢が同じ文言を使い、決まり切ったことを書いてくる。予備校が予想問題の模範回答として配った文章を暗記していて、そのとおりそのまま書くためだ。流行りのフレーズ、新聞などで頻出するキーワードを漏れなく使っている、「いかにもそれらしい装い」の回答なのである。

 模範回答の手本となっている新聞やTVの報道もまた、同様にそれらしいキーワードとフレーズを並べ、文法的に間違いのないだけの文章だ。それ以上のことを書いたら、個性が出てしまい、個人的主張、願望が織り込まれてしまうから、それを恐れた文章である。

 たしかに、公正公平な報道であれば、その配慮は必要かもしれない(そのわりに、公正公平な報道なんて今時どこにも存在しないが)。だが、小論文で求められているのは、辞書に載っているような言葉の説明ではない。「あなたはどう考えますか?」と問われているのだから、個人の分析なり主張なり、つまりはオリジナリティが試されているのだ。ほぼ8割の回答には、それが欠けている。どれも文章は整い、難しい言葉を使いこなし、起承転結もあり、滑らかなのだが、これを書いた人物が深く考えた跡が全然見えない。それが、一読してわかる。小説の感想文で、あらすじだけを書くのと似ている。

 結果的に、小論文の試験では、落第しない無難な人材を確認するだけで、優秀な人材を見つけることはできない、ということがわかった。

 おそらく、世間一般で流通している書類に記されている文章というのは、だいたいこの程度のものなのだろう。ときどき、役所や税務署から届く封筒の中身も、もうAIに書かせているのではないか、と疑いたくなるほど意味がまったくわからない。これは専門用語を使って正しい文法で書いた、というだけの代物だからだ。きっと、役所も税務署も、落第しない無難な人材で構成された組織なのだろう。

 さきほど、洋雑誌のフランス語やドイツ語をスマホに翻訳させる話を書いたが、僕はこのとき日本語に変換するのではなく英語に変換している。英語に翻訳させた方が意味がわかるからだ。僕が読む文章は技術書であるから、こうなるのかもしれないが、そもそも、フランス語やドイツ語は英語と親和性が高い。日本語に訳すと、特に専門用語が変な具合に訳されてしまう。日本では変な具合に外来語を訳すから、こんな弊害が生じる。それから、日本語は論理性が乏しく、情緒的であるため、どうしても意味が曖昧になってしまう。複数形がないし、関係代名詞がないし、過去形、未来形、完了形も整然としていないから、ものを説明する場合に状況を伝達しにくい。したがって、AIがそういった部分を曖昧にしたまま鵜呑みにして、「知ったかぶりをしたかのような文章」を生成してしまう。中身のない、論点がズレたものになりがちなのも、手本が悪いからだ。

 ようするに、知性というのは文章ではないのに、文章でしか知性を真似ることができない矛盾が見えてしまう。AIは博学だけれど、まだ優れた知性を示していない。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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