「ゲス不倫」で始まった、メディアと世間が「法を超えて」裁く「私刑」のブーム。ジャニーズはその最大の犠牲者だ【宝泉薫】「令和の怪談」(6)
「令和の怪談」ジャニーズと中居正広たちに行われた私刑はもはや他人事ではない(6)【宝泉薫】
それはさておき、話を不倫に戻すと――。
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ」という言葉がある。不倫に首を突っ込むのは野暮な行為のはずで、そのあたりはメディア側だっておそらく承知の上だ。
たとえば、筆者は18年に文藝春秋の木俣正剛常務取締役(当時)と再会した。『週刊文春』や『月刊文藝春秋』の編集長も務めた彼は重役室から編集部の方向を眺めつつ「毎週毎週、不倫ネタというのもねぇ」などと自嘲気味に話していたものだ。
なお、再会した理由は筆者が01年に別の出版社から出した著書を再編集した本を作るためだったが、これはあまり売れなかった。商売である以上、売らなければならないわけで、それゆえ、メディアも不倫をネタにし続ける。それこそ、この年に起きた渡部建(アンジャッシュ)の「多目的トイレ不倫」を報じた『文春』は完売したという。このとき、筆者はこんな文章を書いた。
「もともと、近松門左衛門の時代から、不倫はメディアと世間が一緒になって盛り上げてきたが、ここ数年の勢いには目を見張らされる。いまや『不倫報道』がひとつの文化になりつつある印象だ。たとえば、渡部と佐々木希、相方の児嶋一哉が示した三者三様の謝罪を比較研究してみたり、と、変にアカデミックなのである。そして、不倫をした有名人は活動自粛を強いられるのが当たり前になってきた。これは芸能、あるいは笑いといった伝統文化を、不倫報道という新たな文化が凌駕してしまったということかもしれない。ただ、その新文化は、有名人の活動を自粛させてまで味わう価値があるのだろうか。アンジャッシュ、あるいは渡部もそれなりに面白いのだし、不倫報道を楽しみつつ、同時に本業でも頑張れ、というわけにはいかないのだろうか。もちろん、主婦層を中心に、許せないという人も一定数いるだろう。が、あんたが不倫されたわけでもあるまいし、とか、人の恋路を邪魔するやつはなんとやら、とか、そんなことも言いたくなるのだ。とはいえ、不倫報道を楽しむ人がこれほど多くなってくると、そこに水を差すほうがかえって野暮だということにもなりかねない。どうやら、不倫報道は現代日本を象徴する『文化』として定着してきたようである。」
さらに付け加えるなら、自分が裁く側になったつもりで「まだまだ許してやらない」とじらしていたぶる快楽も生じ始めているように思う。不倫をした有名人が復帰しようとしても、苦情を入れて邪魔しようとするのはその快楽を味わうためだろう。本来、許す許さないは不倫に関わった当事者だけの問題のはずだが、SNSの発達もあいまって、メディアと世間と有名人の関係性がいびつに変化。その結果、第三者というか赤の他人まで、不倫を裁けるような空気感ができてしまった。
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