押して駄目なら引いてみな。「引きこもり」という人類の新しいライフスタイル【適菜収】
【連載】厭世的生き方のすすめ! 第11回

■鴨長明と手の届く生活
鴨長明は俗世に対するあらゆる執着を捨て、30歳のときに庵を構えた。50歳で出家、60歳で日野山に庵を構え『方丈記』を書いた。書名は庵の広さ(一丈四方、すなわち約3・3メートル四方)に由来する。
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いま日野山の奧にあとをかくして後、南にかりの日がくしをさし出して、竹のすのこを敷き、その西に閼伽棚を作り、うちには西の垣に添へて、阿彌陀の畫像を安置したてまつりて、落日をうけて、眉間のひかりとす。かの帳のとびらに、普賢ならびに不動の像をかけたり。北の障子の上に、ちひさき棚をかまへて、黒き皮籠三四合を置く。すなはち和歌、管絃、往生要集ごときの抄物を入れたり。傍にこと、琵琶、おのおの一張をたつ。いはゆるをりごと、つき琵琶これなり。東にそへて、わらびのほどろを敷き、つかなみを敷きて夜の床とす。(『方丈記』)
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大事なのは、布団に横になったまま手の届く範囲に必要なものをまとめることが大切だ。「半径3メートルしか目の届かないやつ」という言い方があるが、「半径1メートル」でもいい。「起きて半畳寝て一畳」という言葉もある。私の引きこもりの知人は、枕のすぐ横にディスプレイとキーボードを設置している。
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長明は一人になれば、経を読むのをさぼることもできるし、言葉から起こる罪を犯すこともなくなるという。他人を恨む気持ちもなくなり、長生きしようとも早く死のうとも思わない。一生の愉しみは、うたたねをしている気軽さに尽きると。
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うたたねは最高の贅沢だし、高尚な趣味でもある。人に頼らなくても文明の利器に頼ることができる。電子ポットがあれば一瞬で湯を沸かすことができる。低周波治療器やフットマッサージャーは、うたたねの友になる。AIが人間の仕事を代行してくれるようになれば、全人類は引きこもりになることができる。それが人類の到達すべき地点なのかもしれない。
文:適菜収
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