シノヤマ『写楽』vsアラーキー『写真時代』(前編)【新保信長】 連載「体験的雑誌クロニクル」20冊目 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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シノヤマ『写楽』vsアラーキー『写真時代』(前編)【新保信長】 連載「体験的雑誌クロニクル」20冊目

 

 しかしながら、『写楽』という雑誌の真骨頂はそこではない。アイドルや女優のグラビアが見たければ『GORO』で事足りる。それだけでなく、スポーツ、音楽、自然、科学、建築、アート、セレブ、事件、国内外のドキュメンタリーまで、あらゆるジャンルの写真が載っているのが『写楽』だった。

 たとえば創刊号では、話題の人をピックアップする「PEOPLE」のコーナーにYMOや江川卓が登場し、カワセミが小魚を捕らえる瞬間の写真もあれば、木村伊兵衛が1950年代にローマの街と人を撮った未発表写真、サッカーのディエゴ・マラドーナやテニスのクリス・エバートらのレアな姿を捉えた写真もあった。

 「Super image market」と題されたコラムページには、ロバート・キャパらの戦場写真からカラーコピーを使ったアート、ビニ本、マルベル堂のブロマイドまで、「これも写真だ!」と言わんばかりの雑多なビジュアルと情報が満載。3号目からは写真館で撮影された本物のお見合い写真を載せた「今月のお見合い写真」というコーナーもスタートする。自民党の大物政治家の選挙ポスター(篠山紀信、秋山庄太郎、大竹省二らが撮影したもの)や警察官による事故現場写真を取り上げたこともあった。

 「見て!ぼくの写真」(1980年8月号)と題した企画では、4~6歳の20人の幼児が撮影した写真をズラリと掲載。プロのカメラマンには絶対に撮れない視点、モチーフ、構図にグッとくる。そうかと思えば、坂本龍一が撮ったデビッド・ボウイ(84年1月号)や矢野顕子が自宅で飼っている猫を撮った写真(84年9月号)が載ったりもした。

 若き日の岩合光昭による迫力の動物写真、土田ヒロミ撮影の新興宗教の巨大建築、内山澄夫が撮ったインドの大富豪の暮らしぶり、篠山紀信による東京の空撮+磯崎新インタビューなど、スケールの大きな企画も多々あり。同じく篠山によるニューヨーク・クライスラービルの写真(84年2月号)は圧倒的な存在感を放つ。命綱を着けて撮ったという61階に張り出したワシの彫刻の写真もド迫力で、同誌を1年分並べると背表紙にその写真が再現される仕掛けもニクい(同様の趣向は8082年にも採用されていた)。

 科学ドキュメントとして開発中のHⅠロケットに迫ったり、工作機械や車のエンジンなどのメカ写真を載せたり、天文写真やネイチャー系の写真も多数。右翼団体の合宿や歌舞伎町の少年ヤクザなどを取材した橋口譲二の一連のルポも見ごたえがあったし、アフリカの飢餓を捉えた写真はズンと腹に響いた。それこそ小田実の『何でも見てやろう』のように、「何でも撮ってやろう」の精神に貫かれた“写真の総合雑誌”だったのだ。 

 なかでも、戦争や内乱の残酷さを写し出す記事は多い。80年8月号では光州事件を取り上げ、軍人が市民を蹴り上げる場面、殺害されたと思しき市民の姿を写し出す。8111月号「カンボジアからの報告『私は殺す側を選んだ』」も衝撃だ。ポル・ポトによる大量虐殺で手を下した当事者へのインタビューと殺された人々の“死のポートレート”、大量の頭蓋骨の写真を掲載。82年2月号の「ニカラグア革命の真実」でも、街角に無造作に積み上げられた市民の死体の山が目に飛び込んでくる。

 

ニカラグアの街角に積み上げられた市民の死体。『写楽』(小学館)1982年2月号p286-287より(当時のページ数は1月号からの通しナンバーで表示されていた)。

 

 1983年7月号では、ズバリ「地球は戦争だらけ」という特集を組む。「平和な日本に生きている僕たちのための衝撃特集」「日本が違っているのか、世界が狂っているのか。ここ2か月間に届いた世界の戦場カメラマンからの報告」とのサブタイトルも挑発的だ。「気楽な戦争」(83年8月号)では「第2次大戦、朝鮮戦争で、活躍した殺人のためのセックス・シンボル」として米軍爆撃機のノーズアートをピックアップ。「〈日本人の太平洋戦争〉5人の出征兵士が生き残った」(83年9月号)は、あの戦争を生き延びた元日本軍兵士の出征を“祝う”記念写真と本人の証言に胸を衝かれる。 

 ちなみに、憲法全文と写真を組み合わせて大ヒットした『日本国憲法』(1982年刊)は、「写楽BOOKS」のレーベルで刊行されている。企画・編集担当の島本脩二氏が『写楽』編集部に所属していた関係と思われるが、誌上で戦争の愚かさを繰り返し訴えていたことともつながっているだろう。

次のページ1980年は「ビジュアル雑誌元年」と呼んでいい!

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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