「このまま抱き続けたら、うっかり殺してしまうかもしれない」 本能的に快楽に溺れ、一緒に深みへと落ちていける男を欲してしまう理由【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#13

◾️「私の首に手をかけてほしい」この欲求はどこからくるのか
セックスしているとき、感情が死んだように感じていた。嬉しいはず。喜んでいるはず。求めているはず。なのに、その感情が自分のものとして感じられない。存在しているのが、私自身であるかどうかも曖昧だった。奇妙な不安が、静かに私を侵していく。だからこそ、強い刺激を欲してしまう。ここに生きていることを証明する手段であるかのように。言葉を交わさずとも、男たちは理解していた。皆、静かに私の首に手をかけてくれた。
この欲求はどこからやってくるのだろうか。
男たちを見ていて、気がついたことがある。「私が喜ぶから」とは言わない。不思議と、彼らはみな同じことを言う。「見ていると、絞めたくなる」と。同じ匂いを嗅ぎ分けるのだろうか。私と同じように男たちもまた生を求めている。言葉では埋まらない空白を、相手の存在を利用することで補おうとする。身体を明け渡した日、自然とあるべき位置に手がおさまり、私の頸部を圧迫しはじめる。言葉で同意を交わすこともない。ただ、いつの間にか、その形が当たり前となる。二人の境界線は、静かに決まっていく。
逸脱した男に愛を注ぎ込みたくなる。
本能的に快楽に溺れることができる、一緒に深みへと落ちていける相手を欲しているだけなのだ。言葉を交わさなくても、ぴったりと重なり合う。張りぼての、おあつらえ向きの快楽ではなく、視界も思考も全てを奪ってくれるようなもの。そこに優しさや労りなんて余計だ。
新しいことを目の前にすると、人は慎重になる。小さな発見が驚きになり、喜びになる。でも、セックスはもうそんな対象ではない。全てに予測がつく。どこに触れ、どんな言葉を囁くのか。分かりきったことの繰り返しに、面白みも快楽もない。だったら、一人で眠りにつく方がよっぽど幸せだ。
「ねえ、今って誰と寝ていたの?」
昔、肌を重ねた相手にそう尋ねたことがある。男は言葉を詰まらせ、視線が泳ぐ。男の熱情が私に届かない。ふわふわと浮いたまま、私にはぶつかることなく、空中で消えていく。
「誰って。一人しかいないでしょ」
「私だけど、私じゃないよね。余計なことを考えていたことぐらいは分かる」
身体が無防備になると、心も無防備になる。そんなときに嘘をつけるのは、すでに何も感じなくなった人間だけ。見え透いた嘘ほど、気持ち悪いものはない。本気で誤魔化せると思っている鈍感さが、むしろ怖い。どこでまやかしの言葉を囁き、どんな立ち振る舞いをすればいいか。それを理解している者だけが、平然と嘘をつく。私もその一人だ。逸脱した男は見え透いた嘘をつかない。彼らは最初から、誤魔化す気なんてない。だから愛を注ぎ込める。
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに