「このまま抱き続けたら、うっかり殺してしまうかもしれない」 本能的に快楽に溺れ、一緒に深みへと落ちていける男を欲してしまう理由【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#13

◾️理性と衝動の境界が崩れ落ちる瞬間を掴みたくて…
私は目の前に広がる、空虚な世界から逃げ出したい。理性と衝動の境界が崩れ落ちる瞬間を、この手で掴んでみたい。一緒に仲良く手を取り合うのではなく、何の躊躇もなく、互いを余すことなく飲み込み合い、曖昧な境界を消し去るように塗りつぶしたい。
そんな相手は簡単には見つからない。最早探そうとも思わない。でも、また出会ってしまう。私の中にいる怪物は、何も言わずに、私の欲しいものをちゃんと手繰り寄せる。
私は正常と異常の境目に立っている。自覚のあるまま、同じ匂いを持った人間に引き寄せられてしまう。彼らは普通とは違う何かを、私のもとに運んでくる。それが幸せなのか、不幸せなのか、私にも分からない。
面白い。
そう言ってしまえば、それで終わる。けれど、その面白さが時々重くのしかかる。
この原稿を初めて書いたのが、今年の1月。
凍えるような寒さから身体の内側を溶かしてしまうような暑さに変化した。途切れてしまった私の生の回路は二度と戻らないと思って過ごしていた。どこか破滅を匂わすような重苦しい空気に縛り付けられたまま、生きていることを確かめるためにどんな形でも痛みが必要だった。それは人間と深く交わることへの恐れをどうにか痛みに書き換えて、誰かとぶつかり合うことを分かりきったセックスで覆い尽くしたいだけであった。それが間違いだと気がつき始めたことは、またどこかで綴ろうと思う。
文:神野藍
(連載「揺蕩と偏愛」は毎週金曜日午前8時に配信予定)
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに