「このまま抱き続けたら、うっかり殺してしまうかもしれない」 本能的に快楽に溺れ、一緒に深みへと落ちていける男を欲してしまう理由【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#13
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、初著書『私をほどく〜 AV女優「渡辺まお」回顧録〜』を上梓した。いったい自分は何者なのか? 「私」という存在を裸にするために、神野は言葉を紡ぎ続ける。連載「揺蕩と偏愛」#13は「本能的に快楽に溺れ、一緒に深みへと落ちていける〝逸脱した男〟を欲してしまう理由」」

◾️「うっかり殺してしまうかもしれない」
圧迫する力がじわじわと強くなり、私の身体に取り込まれた空気が行き場を失う。内側のいたるところが悲鳴をあげている。視界が白く染まり、頭の中がぼうっとしてくる。私の表情が歪もうと、頸部にかけられた力が弱まることはない。
顔色一つ変えずに、私の中を暴き続ける。私の視界に映るのは光の灯らない両の目。私の思考を奪うのは目の前の相手が与える苦しみと快楽。その二つが絡み合い、私の中で何かが脈打つのを感じた。
これで終わりじゃない。逃げ出す手立てを奪うように、私の身体を掴んで離そうとしない。どこか苦しそうだ。組みしかれている私よりもずっと。男の方に手を伸ばそうとしたところで、私の記憶は途絶えた。
「このまま抱き続けたら、うっかり殺してしまうかもしれない」
果てた後、男はぽつりと呟いた。そこに申し訳なさはない。ただ浮かんだ事実を口にしているだけのようだった。男はそれ以上言葉を続けなかった。男はペットボトルを傾け、喉に水を流し込んだ。次に手を伸ばすのは、私ではなく、いつも吸っている煙草だろう。
抱かれた後に淡々とされると、むしろ安心してしまう。少しでも謝罪のニュアンスを滲ませたり、急に労われたくない。そんなことをされたら、先ほどの行為が何一つ信じられなくなる。私は何をしていたのかと、やり場のない感情がふわりと浮いていってしまう。
私はただ、「怯まなくていいよ。ずっとそのままでいて」とだけ返した。男は赤く擦れた皮膚をなぞりながら、ゆっくり目を細めた。
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに