義務と責任は誰にもある?【森博嗣】新連載「道草の道標」第4回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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義務と責任は誰にもある?【森博嗣】新連載「道草の道標」第4回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第4回

 

【無責任老人になりたくて】

 

 募集で頂いた質問に、このようなものがあった。「私もわりと静かに生きて考えていますが、静かに生きて考えられない人、例えばガザについてはどうお考えでしょうか。森先生の政治的な姿勢を無責任だなと思うようになりました」

 まず断言できるが、僕は政治的に無責任である。日本の政治に責任を感じたことは一度もない。若いときには、周囲に自分の考えを伝えれば、多少は影響があるかと思ったけれど、なにを願っても、なにを訴えても、ほぼ影響しないことがわかった。僕の意見は抽象的すぎるからかもしれないな、と分析したが、反省はしていない。

 ただ、ガザでもウクライナでもアメリカでもロシアでも、静かに生きて考えられない人が大勢いるし、もちろんなかにはそれができる人もいるはずだ、と想像する。そして、世界一の権力者であるアメリカの大統領でさえ、紛争をなくすことができない事実がある。何故なら、大多数の人たちが、他所の戦争を許容しているからだ。もし、あなたが許容できないのならば、あるいは責任を感じるのならば、どうしたら良いかと考えるしかないし、その考えに基づいて行動するしかない。でも僕には、それをあなたに強要したり、今なにもしていないじゃないかと非難したりする責任はない。

 「声を上げなければならない」という声を上げるだけの人がたまにいる。周りのみんなの同調を誘っているようだが、しかし、多くの戦争や紛争は、たいていこの仕組みで起こる。「団結して戦おう!」と拳を振り上げる。おそらく、そうすることが自分の責任であり、それに賛同しない人は無責任だ、と信じているのだろう。それも一理ある。けれども、そういった責任感によって、人々は集結し、あるいは扇動され、最後には銃を手にする。

 「戦おう!」と「戦争反対!」は、両極にあって、実は非常に類似しているように僕には見える。紙一重だといっても良いと思える。

 「静かに生きる」とは、その両極のどちらでもない。すなわち、なにものにも拘らず、なにものにも口を出さず、群れから離れる。群れから離れることは無責任である。責任とは、そもそも人々の群れの中で生じる価値判断だからだ。

 もちろん、若い人ほど群れから離れることが難しい。だから、若い人ほど責任を背負っているといえる。僕もそうだった。いろいろな責任を持たされた。なにしろ、責任を持つことでしかお金が稼げないからだ。仕事はすべて、責任を背負うことであり、その重さによって賃金が支払われる。僕が無責任になれたのは、仕事から引退したからだし、子育ても終わり、介護も終わったあとだ。今は犬の世話が最大の責任となっている。

 あえて書くなら、「皆さん、60歳を過ぎたら、もっと無責任になったら」くらいかな。どんな役職も放棄し、若者にも意見しない。ただ、黙って微笑むだけ。教えてくれとせがまれたときだけ答える。そういう無責任な老人が増えれば、きっと良い社会になるだろう。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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