イスラエル・イラン“6日戦争”はなぜ起こったのか? 見過ごされがちな宗教的・歴史的要因と、トランプとイランの最大のディールとは【中田考】
イスラエル・イラン戦争を理解するために。トランプによる「強引な停戦」は今後どうなるか?

17.結語
20世紀後半以来、世俗主義的近代西欧の覇権の衰退と共に、西欧帝国主義列強から独立し国家主権を獲得した非西欧諸国で、宗教的伝統が西欧列強による侵略と迫害の被害の記憶を新たな国家イデオロギーとして再構築し、それぞれの「正義」の名のもとに国内のマイノリティーを抑圧し、周辺の弱小国を侵略、衛星国化する事態が生じています。
かつては共同体的信仰の名において耐え忍んできた人々が、今では主権国家の軍事・諜報・経済・外交力を通じて、時に周辺民族や反体制勢力に対して容赦なき暴力の行使を正当化するようになっています。この現象は単なる外交戦略や安全保障の問題にとどまらず、宗教的道徳の根幹に関わる倫理的危機を示しています。過去の被害者であったという記憶が、国家暴力の免罪符に転化するとき、その宗教はもはや弱者の声ではなく、国家による秩序の強化と排除の道具となります。
12イマーム派とラビ・ユダヤ教は、マイノリティーであることを前提に、権力を握るマジョリティーによる抑圧への批判と倫理的普遍性を有する受難の神学を構築してきました。支配民族として現実の国家権力を握った場合に、終末論的正義を体現し最終戦争「ハルマゲドン」を引き起こしかねない地域大国として立ち現れ、国境を超えた影響圏の拡大や、神学に基づく国家的アイデンティティの強制といった形で、宗教が国家に従属し、道徳が法的主権と混同されることになるという事態は予想を超えるものでした。
不幸なことですが、虐待された被害者が強者の立場に立った場合に、今度は自分が被った虐待を他者に対して反復する加害者になることは、ミクロなレベルでのDV(家庭内暴力)などでも周知の人間の性でもあります。私見によれば、イスラエルとイランの「6日戦争」ははからずしてその危険性への警鐘ともなっています。
このような宗教と国家の結合が孕む拡張主義の傾向にこそ、現代中東の紛争の深層にある動因である。真に平和を志向するのであれば、宗教的マイノリティであった時代の苦難と連帯の記憶を、新たに手にした国家の暴力装置の無制限な行使の根拠ではなく、権力を制限し対話を促す倫理的資源として再構築する努力をなさねばなりません。宗教の名のもとに人間が国家の道具となるのではなく、通約不可能な価値観を有する諸文明が共存するための知恵の言葉を宗教が紡ぎだす社会を取り戻すことこそが、私たちが目指すべき未来であるはずです。
文:中田考
参考文献:
◾️中田考「そもそもイランは悪い国なのか?──イスラエル・イラン戦争の展開とその文明史的背景(前編)」2025年6月24日付『表現者クライテリオン』(https://the-criterion.jp/mail-magazine/250623/)
◾️中田考「耐え難きを耐え」るイランにとっての戦争と勝利──イスラエル・イラン戦争の展開とその文明史的背景(中編)」2025年7月7日付『表現者クライテリオン』(https://the-criterion.jp/mail-magazine/250707/)、
◾️中田考「イランを祝福した男」とのディールで描き得る2つのシナリオ──イスラエル・イラン戦争の展開とその文明史的背景(後編)」2025年7月9日付『表現者クライテリオン』(https://the-criterion.jp/mail-magazine/250708/)。
KEYWORDS:
オススメ記事
-
「小池百合子」はカイロ大学を卒業しているのか? 「学歴詐称の真偽」に白黒つける【中田考】
-
タリバン(アフガニスタン・イスラーム首長国)のカーリー・ディーン・ムハンマド経済大臣に単独インタビュー「アフガンは米国と中国、どちらを選ぶか?」
-
国際社会がタリバンをテロリスト指定するのは、なぜ間違っているのか?【中田考】
-
〝ジャングリア、オープン2日目でスパ・アトラクションのほとんどが利用不可に!〟 返金も不可、200件以上の星1コメントに不自然な星5レビュー連続投下の闇【林直人】
-
【特報】“地獄のテーマパーク”ジャングリア――詐欺まがい広告、予約システム崩壊、雑踏地獄…なぜ政府は黙殺したのか【林直人】