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映画『サブスタンス』と岡崎京子『ヘルタースケルター』 男たちに消費される「美」との決別【緒形圭子】

「視点が変わる読書」第20回 『ヘルタースケルター』岡崎京子 著

 

■男たちに消費される「美」との決別

 

 実際、自分にぞっこんだと思っていた、有名デパートの御曹司はりりこの体をさんざん弄んだ挙句、代議士の娘と結婚してしまう。精神を保てなくなったりりこは仕事のミスが続き、ほされていく。さらに、自分のマネージャーによって、自身の過去をマスコミに暴露されてしまう。

 通常の神経であれば、りりこも、クリニックに通っていた他の女性たちと同じように自殺し、それで物語は幕を閉じたであろう。

 しかし、りりこは自らの意志で薬の使用をやめ、顔と体をくずれるがままにする。男たちに消費される「美」に自分から決別したのだ。

 前にこの漫画を読んだ時、私は不思議でならなかった。

 我儘で浅薄で、すぐ激情にかられ、自分を裏切った男の結婚相手に硫酸をかけることも厭わないりりこを、何故か嫌いになれないのである。

 今回も同じだが、その理由が分かった気がした。

 りりこは多田が用意した記者会見でピストル自殺することを思いつき、人知れず準備を進める。ところが、直前に忽然と姿を消す。自分で繰り抜いた、血だらけの目玉を一つ残して。

 数年後、多田の事務所に所属するモデルが撮影でメキシコを訪れた際、現地で奇形の見世物ショーに出演しているりりこと再会する。

 りりこは、崩れはてた自分の顔と体を武器にして生きていたのである。

 その無謀ともいえる激しさと、一見もろそうに見えて実は強靭な精神に、私は魅了されていたのだ。

 『ヘルタースケルター』はりりこがショーに姿を現したところで終わっているが、岡崎京子は続編として、りりこの新たな冒険を描く予定にしていた。

 それが実現していたら、私たちは今から30年も前に、男に消費される美を捨て、自らの力で欲望渦巻く資本主義社会に戦いを挑んだ一人の女性の生きざまを見ることができたはずだった。しかし、続編は描かれなかった。

 何故なら、岡崎京子は「ヘルタースケルター」の連載が終わった直後の19965月、飲酒運転の車にはねられて大けがを負ったからだ。以後現在にいたるまで、休筆が続いている。

  

文:緒形圭子

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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