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2045年にシンギュラリティーは起こらない

いまだに人間の脳を解明できない3つの理由

ロボットの感覚は「どこまでが」本当か?

③ロボットが心とか意識を持つことができるか否かという問題は、かなりの難問で多くの研究者が苦戦しています。苦戦どころか、心は主観の問題であり、客観的な事実をあつかう科学の領域外だとして、はなからあきらめている研
究者も少なくありません。
 一般的な科学の仮説と違って、誰でも納得できる客観的な検証手法を示しにくいというのが心の問題で、研究者間で異なる主張がぶつかったまま未解決ということになりがちです。
 人間同士だって、自分と同じ心を他人が持っているという検証は不可能です。しかし他の人たちも、自分と同じような身体構造をしていて、環境に対する反応が自分と酷似していることから、検証なしに他人の心を認める。そして他人の心、ひいては他人の人格を尊重するわけですね。
 ロボットに感覚を持たせるのも、同様な困難がともないます。たとえば、あなたが蚊に刺されたときのかゆみは主観であり、他人のかゆみと同じであるというのは、科学的な検証は永遠にできません。
 もちろん、かゆみにともなう、身体の中での物理・化学的な現象は限りなく精密に解析できるようになるでしょう。しかし、その膨大で精密な解析データの中には、あなたの感じるかゆみそのものは、まったく現れません。客観的なデータの集まりに過ぎませんね。いかに科学技術が進歩しても、あなたが感じている、「いたたまれないようなかゆみそのもの」には永遠に手がつけられません。とは言っても、あなたは自分と同じ身体構造を持つ他の人間が、あなたと同じかゆみを感じていることを信じて疑わない。

 それでは、人間に限りなく似ているように作られたロボットの心や感覚はどう考えるべきか。ある段階―つまり、ロボットに備わっているコンピューターと人間の脳がきわめて近づいた段階―で、たとえロボットの心や感覚を客観的に検証できなくても、信じてお互いの人格(?)を尊重するということになるのでしょうか。
 そもそも、ロボットが人間と類似の心や感覚を持っているフリをする―つまり外から見ると、心や感覚を持っているのとまったく区別できないように振る舞う―のと、本当に心や感覚を持っているのとを区別する必要があるのか否かが厄介な問題です。
 たとえば、ロボットが「かゆい、かゆい」と顔をしかめて、ポリポリ腕を掻いたら、これは、かゆいフリをしているのか、それとも本当にかゆいと感じていると認めてよいのか、という問題です。
 このように、人間の脳を完全に理解すること、そしてその機能をコンピューターでそのままそっくり置き換えることには途方もない困難が待っています。そのため、筆者はレイ・カーツワイルのように今から30年でそれが実現するというほど楽観的にはなれませんが、とにかく、多くの難問を解決しながら、脳の研究は着実に進歩していくことは間違いありません。
 脳の研究は脳生理学だけでなく、神経科学、心理学、精神医学、ロボット工学、知識工学、哲学、倫理学、法学など多くの分野の研究者を巻き込んで深まっていくことでしょう。
 そして、数百年というスケールで考えるなら、ロボットの脳、つまりコンピューターに、人間の脳に相当するような機能―心や感覚も含めて―を持たせることが可能になる日がくることは間違いないと思います。

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中谷 一郎

なかたに いちろう

1944年生まれ。JAXA名誉教授、愛知工科大学名誉教授。1972年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。電電公社電気通信研究所に勤務し、通信衛星の制御の研究に従事。1981年より宇宙科学研究所(現JAXA)に勤務し、助教授・教授を務める。科学衛星およびロケットの制御、宇宙ロボットの研究・開発に従事。東京大学大学院工学系研究科助教授・教授、愛知工科大学教授、東京大学宇宙線研究所客員教授・重力波検出プロジェクトマネージャーを歴任した。


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