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2045年にシンギュラリティーは起こらない

いまだに人間の脳を解明できない3つの理由

いま、シンギュラリティ―(技術的特異点)、つまり人工知能が人間の脳を超えた未来の予測が話題になっています。アメリカの発明家、レイ・カーツワイルはその時期を「2045年」と予測、人間の脳をスキャン、アップロードできるようになるのだと主張しています。
『意志を持ちはじめるロボット』を著した中谷一郎・JAXA名誉教授が、その予測を徹底解剖――

なぜ、脳はすぐには解明できないのか?

 

 レイ・カーツワイルは、2045年には、脳の完全な解明が終わると主張しています。確かに脳の解明は急速に進んでいますが、そのリバースエンジニアリングの完遂は、今の技術レベルでは、前途遼遠でまだその道筋すら見えていません。
 脳を完全に理解するのが極端に困難な理由はいくつかありますが、おおざっぱにいうと次の3つです。

 

①脳は他の臓器に比べて格段に構造も機能も複雑で、その解析は一筋縄ではいかない。しかも、脳は直接触れて活動を実験的に観察するのは倫理上、許されません。昔(今から80年以上も前に)、カナダのワイルダー・ペンフィールドという研究者が、脳のさまざまな部分に直接電気刺激を与えて機能を調べるという荒っぽい、しかし画期的な実験をしました。このとき得られた知見は、多くの示唆を含んでいていまだに論文で引用されます。もちろん、今は脳を開いて直接電極を差し込むような荒っぽい実験は許されないでしょう。
 その代わり、直接脳に触れることなく活動を外から観測する技術の研究が急速に進んでいます。たとえば、核磁気共鳴という原理を使った手法、脳の活動にともなって観測される電磁波を用いる手法、赤外線を外から頭に当てて観測する手法、脳の磁場を観測する手法などが脳の局所的な活動を調べる技術として、急速に進歩しています。
 しかし、これらの方法は微細構造の機能を調べるためには、どうしても靴を隔ててかゆいところを掻くようなまどろっこしさがあります。脳全体で千数百億個もある神経細胞が、総延長100万㎞にも及ぶネットワークを構成しているわけですが、そのミクロの機能を解析するには限界がありそうです。
 また、カーツワイルの主張するような、ナノボットと呼ばれる、微小なロボットを直接脳に送り込んで中から脳を調べるという構想も大変興味深いものです。大きさが千分の数ミリの小さなロボットを数十億個も脳の血管の中に送り込み、データを収集することが可能になるというのです。これも、現段階ではまだSFの領域を出ない予測のように思います。

②脳は各部分を詳細に調べるだけではその全貌がつかめません。脳の各部分の機能分担は最近の計測技術の進歩でずいぶん分かってきました。しかし、脳の機能はそのように細かく分割して部分を解析的に調べるだけでは、分かりません。脳の機能をミクロに理解しながら、一方ではマクロに複雑なシステムとして捉え、ミクロな構造とマクロな機能を結びつけるというのは、なかなか難しい。
 たとえば、他の星から来たエイリアンが人類を理解しようとしたと仮定しましょう。地球上の70数億の人間の一人一人の機能を細かく分析するだけでは、集団としての地球人の特性を理解できませんね。各個人の人間としての機能を、精密に解析するだけだって気の遠くなるような作業ですが、それに加えて、たとえば家族、会社、業界団体、政治団体、スポーツ団体、学校、宗教組織という類のマクロなくくりでの人類の特性の理解も必要です。
 それだけではありません。地域コミュニティーとして、民族として、国家として、同盟国としてまたは、地球人という視点からの理解も必要です。しかも個人レベルでのミクロな機能と大小さまざまな組織レベルでのマクロな機能は複雑に関係していて、きちんと分離して理解するのは一筋縄ではいかないでしょう。脳の働きの理解には、これと類似の困難があります。

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中谷 一郎

なかたに いちろう

1944年生まれ。JAXA名誉教授、愛知工科大学名誉教授。1972年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。電電公社電気通信研究所に勤務し、通信衛星の制御の研究に従事。1981年より宇宙科学研究所(現JAXA)に勤務し、助教授・教授を務める。科学衛星およびロケットの制御、宇宙ロボットの研究・開発に従事。東京大学大学院工学系研究科助教授・教授、愛知工科大学教授、東京大学宇宙線研究所客員教授・重力波検出プロジェクトマネージャーを歴任した。


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