さらに、そうした山本氏の言葉が単なるキレイごとではなく確かな説得力を放つのは、山本氏の言動に通底している、強い責任感があればこそでしょう。

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どんなことでも部下の失敗の責任は長官にある。下手なところがあったらもう一度使う。そうすれば必ず立派にし遂げるだろう。
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 トートロジー的ではありますが、責任者のいちばんの仕事は責任を取ること。上の人間が最終的な責任を負ってくれると信じることができるから、下の人間は臆することなく物事に臨めるのです。
 しかし現実は、迷ったときに適切な方向付けや判断をしてくれないどころか、「自分は悪くない」と自己保身に走ったり、「お前がやったことなのだから、お前が責任を持て」とハシゴを外して逃げるような上司も少なくありません。少なくとも、「あ、この人、どうも信用ならない」と思わせてしまったら、部下もリスクを負って真剣に取り組む気持ちには、なかなかなれないものです。

 加えて山本氏は、上の者は部下の成した結果に対して責任を負うだけでなく、改めてチャンスを与えなければならない、と説きます。これは単に部下への愛情や上司としての覚悟を語っているだけではありません。人は経験から学ぶものであり、一度ミスした事柄は、次の機会には成功する可能性が高まる、という冷静な視点も含んでいるのです。また、失敗をゆるされた部下は、その恩情を意気に感じて「次は失敗してなるものか」と、より真剣に物事に取り組むようにもなるでしょう。そして、見事成功することができれば、失敗も大きな糧となって、ストレートに成功したときよりさらに大きく成長することができるはずです。

 このような姿勢で下の人間と接するには、上の人間にも忍耐力や寛大な心が求められます。しかし、相手を信じ、自身の不安な気持ちを飲み込んで、まずは見守ること。そして、必要に応じて適切な導きや働きかけをすること。それこそが責任感の本質であり、上に立つ者としての度量である……ということではないでしょうか。

 山本氏のように、器の大きな人間になることは、たやすくはありません。しかし、自分のできること、できないことを冷静に見極めて受け入れ、自分の言動に責任を持つこと。そして、相手に対して嘘はつかず、虚勢をはらず、誠実に接すること。そうした姿勢を少しずつでも心がけることができれば、人間関係は大きく変わっていくことでしょう。