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「世間様」「御馳走様」あらゆるものに「さん」、「様」の敬称をつけるのは、日本だけ

いま誇るべき日本人の精神 第10回

「いま誇るべき日本人の精神」(ベスト新書)を上梓。日本人は戦後いかに変わり、そして大事なものを失ってしまったのか。また日本人が本来もつ美徳とは何なのか。保守派の重鎮である加瀬英明氏から話を聞いた。

 伝統文化は表皮的で、二次的な力しか持っていないイデオロギーよりも、人間存在の鋳型として、はるかに強い力を備えている。

 

 文化には、大きな力が籠っている。私たちは明治以来、日本文化を遅れたものとみてきたために、精神が混乱をきたすようになった。
  そろそろ、私たちは内なる日本人と、和解するべきではないだろうか。
  伝統を培うのには、長い時間がかかるが、伝統を壊すのは、数年もあればよい。簡単なことだ。

  宮沢賢治の童話のなかに、素晴しい場面がある。登場人物の百姓に、「農作物はわたしたちが作っているのではありません。太陽が育てているのです。わたしたちは太陽を手助けしているだけです」と、いわせている。私たちにとって、伝統が太陽である。
 人は伝統という縦糸と、その時々の時代性という横糸が交わるところで、生きている。 伝統という縦糸が弱まってしまっても、現代性という横糸が弱いものであっても、活き活きと生きられない。
 私たちは空気や、水や、食糧から、力を取り込んでいるのと同じように、伝統から力を吸収している。
 伝統文化は、貴重な遺産なのだ。私たちは大いなる遺産を、相続してきたのだ。
 今日の日本を築いた功績は、私たちだけにない。多分に先人によるものである。
 日本的なものを、大切にせねばなるまい。

 私は海外と折衝することを、仕事としてきた。
 日本語のなかに、外国語にひとことで訳せない言葉が、沢山ある。外国語にならない日本語が多いと思うたびに、日本人として生まれてよかったと、深く満足する。
 私たちは食事をはじめる時に、「いただきます」というが、中国語、韓国語、英語などのヨーロッパ諸語に、このような表現がない。
 英語であれば、食卓を囲んでから、主なる神に感謝する、短い祈祷文を唱えたものだった。
 いまでは、多くの英語国民の信仰心が薄くなったために、食前に祈祷文を唱える家族や、人が少ない。そこで、ほかにきまった言葉がないので、フランス語を借りて「ボナペティ」(よい食欲を)という。 
 お隣の韓国では、「チャルモッケスムニダ」(これからよく食べます)、「チャルモゴスムニダ」(よく食べました)だし、中国語では「開始吃飯(クアイスツーファン)」(これから食べます)、満腹になったら「好吃飯了(ハオツーファンラ)」(よく食べました)という。
 私たちが「いただきます」「御馳走さま」という時には、天地(あめつち)の万象に感謝する。だから、だされた食事を残してはならない。
 世界諸語のなかで、「お猫さん」「お猿さん」「トンボさん」「お寺さん」「新聞屋さん」「飲み屋さん」「御馳走様」「世間様」といったように、あらゆるものに「さん」「様」の敬称をつけるのは、日本だけである。人間様だといって、威張ることがない。
 私はよく祖母から、「そんなことをしたら、世間様に顔向けできません」「世間様に感謝しなさい」と、たしなめられたものだった。
 世間が神になっているのは、日本だけだ。和の心から、発するものである。和が神なのだ。

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加瀬 英明

かせ ひであき

1936年東京生まれ。外交評論家。慶應義塾大学、エール大学、コロンビア大学に学ぶ。「ブリタニカ国際大百科事典」初代編集長。1977年より福田・中曽根内閣で首相特別顧問を務めた。日本ペンクラブ理事、松下政経塾相談役などを歴任。著書に『イギリス 衰亡しない伝統国家』(講談社)、『天皇家の戦い』(新潮社)、『徳の国富論』(自由社)、『アメリカはいつまで超大国でいられるか』(祥伝社)、『中国人韓国人にはなぜ「心」がないのか』、『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』、『いま誇るべき日本人の精神』(ともにKKベストセラーズ)など。



 


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  • 2016.05.10