創業230年の老舗茶商・主人が語る茶筌づくりの極意 「消耗品だからこそ、機能性を追求し、完璧な美を」 | BEST TiMESコラム

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創業230年の老舗茶商・主人が語る茶筌づくりの極意 「消耗品だからこそ、機能性を追求し、完璧な美を」

第1回高山茶筌(奈良県生駒市) 竹茗堂(ちくめいどう)24代目・久保左文さん

韓国・ソウルに生まれ、日本でアーティスト活動をスタートさせ10年が過ぎたシンガーソングライターのKさん。日本に暮らし、日本語で歌い、日本で父にもなった彼が、日本のモノづくり、伝統工芸の現場を旅する連載がスタートします。第1回は、茶道には欠かせない茶筌(ちゃせん)。国内で9割のシェアを持つ奈良県生駒市の高山町をたずねました。

「厳しい野生地で育った竹は良くしなり、折れない。
 人間も竹も同じなんです」

茶筌の先、細かく分かれた部分は穂と呼ばれ、16本から120本まで数の異なるものがある。穂の数によって、できあがるお茶の味わいが変わるため、薄茶や濃茶、献茶、旅用など用途で使い分けられている。

 室町時代中期、わび茶創始者、村田珠光の求めに応じ、鷹山城主の次男宗砌(そうせつ)が考案し、茶筌が生まれた。後土御門天皇に献上され、“高穂”と名付けられたことで、地名も高山となる。秘伝とされた茶筌製法は、“一子相伝の技”として、500年あまりの間、受け継がれている。高山町には、その歴史を伝えるだけでなく、人々の憩いの場としても愛される広大な高山竹林園があり、茶筌のほか茶杓や茶碗などの茶道具を見ることができる。

 茶筌の材料である竹を屋外で干し乾燥させる。寒干しと呼ばれるのは高山町の冬の風物詩だ。その後、数年間寝かせた竹を切り分け、表面をそぎ落とすところから、本格的な茶筌作りが始まる。手刀で16分割し、その1/16を10分割、手で1本1本割いてゆく作業が続く。竹にはそれぞれに個性があり、すべての竹が綺麗な円形をしているわけではない。それをサイズや寸法が決められた美しい茶筌に仕上げていく作業を支えるのはやはり経験だ。

1987年通商産業大臣より伝統工芸士に認定され、99年には通商産業大臣表彰も受賞。国内にとどまらず、パリやニューヨークでも製作実演を行った。現在25代目久保左元さんも活躍中。

 高山茶筌の老舗「竹茗堂」の24代目・久保左文さんは、茶筌を研究する中で、素材である竹の育成環境も、道具の優劣に影響すると話す。
「竹も生まれた環境で、堅さや繊維が違います。人間といっしょで、生まれ育った環境が出るんです。近畿地方の太平洋側の山の竹は、養分、水分が少ないので、苦労しながら育つんです。こういう厳しい野生地で育った竹はよくしなって折れない。逆に民家の近くや養分の多い優しい環境で育った竹は、すぐ折れるし、しならない。根性がないんです。茶筌にとっていかにしなるかはとても重要なこと。細かい穂でたてたお茶はきめ細かい泡がたち、とてもまろやかで美味しく味わえるんです」(久保左文さん)

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寺野 典子

てらの のりこ

1965年兵庫県生まれ。ライター・編集者。音楽誌や一般誌などで仕事をしたのち、92年からJリーグ、日本代表を取材。「Number」「サッカーダイジェスト」など多くの雑誌に寄稿する。著作「未来は僕らの手のなか」「未完成 ジュビロ磐田の戦い」「楽しむことは楽じゃない」ほか。日本を代表するサッカー選手たち(中村俊輔、内田篤人、長友佑都ら)のインタビュー集「突破論。」のほか中村俊輔選手や長友佑都選手の書籍の構成なども務める。


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