「若さを失うことは、可能性を失うことか」 雨宮まみ『40歳がくる!』葛藤を強さにして生きた証【若林良】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「若さを失うことは、可能性を失うことか」 雨宮まみ『40歳がくる!』葛藤を強さにして生きた証【若林良】

 

■「上から目線」の「啓発者」ではなく……

 

 雨宮といえば、その仕事のなかでは自身より年下の(いや、そうとも限らないか)女性への啓発者のような側面も強い。たとえば、『女の子よ、銃を取れ』(平凡社)では、「こういうスペックなんだから」「こういう立場なんだから」といった他者からの目、また自分自身に内面化された規範によって自分の可能性を狭めることへの警鐘を鳴らし、単なる外見の美しさのみに還元されない、自分のための「美しさ」を得ることを高らかに肯定していく。また、ココロニプロロの「穴の底でお待ちしています」という連載(のち『まじめに生きるって損ですか?』のタイトルでポット出版から書籍化)では、さまざまな女性からの悩み相談への回答者も務めていたように、「人生の先輩」のような立場でもまた活動を繰り広げていた。

 こうした構図だけを見れば、雨宮が自分の等身大の悩みを吐露することは少々意外に見えるかもしれないが、彼女のこうした「啓発者」としての内実をより解像度を上げて見ていくと、むしろその道のりには必然性がある。「穴の底でお待ちしています」における雨宮の回答は、いわゆる「上から目線」なのかといえば、決してそうではない。むしろ雨宮は自身もたくさんの傷を負いながら、相談者と粘り強く伴走する。言いかえれば、「社会的な顔」を重視する上では口に出すことが難しい本音を吐露する相談者に対して、雨宮自身もまた本音という球を全力で返し続ける。

 たとえば、「自分の不幸せを家族のせいにしてしまう私」という記事を見てみよう。精神的障害を持つ兄について「早くいなくなればいいのにとずっと心の奥底で思っている」と吐露する相談者に対して、雨宮は自らの病気になった父についての告白をする。そこでの雨宮は、今後自身にかかってくるであろう治療代や介護の負担を思い浮かべ、「病気が心配だからすぐ帰省する」という、「これが正しいと思っている倫理観」に自身が従えなかったことによって、自身が引き裂かれたような思いを持ったことを赤裸々に語る(なお、雨宮と父とのあいだの葛藤についてはさまざまな著作で言及がなされており、『40歳がくる!』でも「親が死ぬ」という章で、「一生許さない」と思った高校時のエピソードから、父の骨を拾った火葬場までのエピソードまでその愛憎の歴史を綴っている)。

 

■葛藤を強さにして

 

 振り返れば、デビュー書籍である『女子をこじらせて(ポット出版、のち幻冬舎文庫)以来、雨宮は自身の生々しい傷跡、いや、「跡」どころか、ようやくかさぶたになりつつあった体の傷をかきむしり、滴る血を読者にがんと見せつけるような文章を書き続けてきた。たとえば、『女子をこじらせて』の冒頭の以下のような文章はまさにその好例だろう。

 「私は、女であることに自信はなかったけれど、決して「男になりたい」わけではなかったし、できることなら自分もAV女優みたいにキレイでやらしくて男の心を虜にするような存在になりたかった。当時はAVを観ていると、興奮もしたけれど、ときどきつらくて泣けました。世間では花ざかりっぽい年齢の女子大生なのに、援助交際で稼ぎまくってるコもいるのに、自分は部屋にこもってAV観て一日8回とかオナニーして寝落ちして日が暮れてるんですから、そりゃ泣きますよね。泣くっつーの!」

 雨宮の活躍した時期には、雨宮のそうしたスタイルに影響を受け、自分の傷をさらけ出すような文章を志す書き手も少なくはなかったものの、ただ雨宮自身が「痛み」に満ちたスタイルを肯定していたかといえば、必ずしもそうではなかった。たとえば本書では、「不幸でなければ面白いものを作れない」というジンクスへの強い疑念を表明し、そうした下品な思い込みと戦って勝つために、生きたいとも語る。

 とはいえ、言葉と実際の自分のあり方は、一致するとは限らない。前述の言葉に続く形で、雨宮はカラオケボックスで安酒をがぶ飲みし、ぶっ倒れたという顛末がつい最近あったことを語り、なかなか自分が「不幸」のポジションから脱却できないことを示唆する。生活を続けるなかでは、「今までの自分にはさようなら」と、明確な境界線を引けるわけではないのだ。むしろ、一度はハードルを乗り越えたように見えても、その先にも第二、第三、第四……無数のハードルが待ち受けているし、または突破したと思っていたハードルがゾンビのごとく蘇るようなこともある。繰り返し吐露する自身の弱さと、その弱さを徹底的に見つめ、自分にしか書けない表現に落とし込んでいく強さ。雨宮の文章にはつねにそのような一見背反するような葛藤があり、それこそが読者を魅了する、大きな軸となっていた。

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若林良

わかばやし りょう

ライター・編集者

1990年神奈川県生まれ。「週刊現代」「キネマ旬報」「ヱクリヲ」「DANRO」「ハーバー・ビジネス・オンライン」などに、映画評・書評・インタビューを中心に執筆。歴史ライターとしての側面もあり、著書に『偉人たちの辞世の句』(辰巳出版)。編著に『ダルデンヌ兄弟 社会をまなざす映画作家』(neoneo編集室)など。

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