平均寿命は短くなり、山手線の半分は優先席になる。 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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平均寿命は短くなり、山手線の半分は優先席になる。

現在観測 第31回

長寿大国・日本。世界保健機関(WHO)の発表によると、2015年の日本人の平均寿命は83.7歳で世界首位。20年以上前から首位を守り続けていることになります。
そんな中、若き外科医・中山祐次郎先生が予測する「平均寿命が右肩下がりの時代」を迎える日本の未来とは?

最後の医療行為

 ベッドサイドに数人が立っている。点滴はぽたり、ぽたりとゆっくりと落ちている。
「◯◯さん、心停止、呼吸停止、対光反射消失を確認しました。3時16分、死亡確認と致します。」
 心電図モニターのフラットな線を横目に見ながら、この患者さんの心臓の電気信号が完全に無くなっていることを確認する。頭を深く下げる。

 これは医師による「死亡確認」という医療行為である。「死の三徴」と言われる「心停止」「呼吸停止」「瞳孔の対光反射消失」を直接確認して初めて、医師は人が死亡したと診断することが出来る。この行為は、医師だけが行うことを許される。筆者はごく日常的に行っているが、筆者だけでなく、外科や内科の医師であればよく行う行為だ。患者さんにとって、そしてすべての人にとって「死亡確認」は最後の医療行為だ。
 死亡確認をした後に、医師はカルテにこんな記載をする。

「3時16分、心停止・呼吸停止・対反消失。ご家族立会いのもと、死亡確認。」

 そして決められた形式の「死亡診断書」に手書きで記載をする。これは役所に提出する「死亡届」と一続きになっているもので、その人が死亡したことを医学的・法律的に証明する公的な文書であるから、間違いのないよう十分に注意して書く。一文字でも間違いがあると、役所では受理してもらえないのだ。例えば「高橋」と「髙橋」のような間違いでも、である。この文書は日本の死亡統計の作成の資料の元となるので、内容にも正確さが要求される。医学部の学生のころから「死亡診断書」の書き方は講義があり、実際に記入する練習もする。

写真提供/photoAC

中国より8年長い平均寿命

 死亡確認の現場のリアルな話をしたが、今度は一転、鳥瞰して日本全体を考えよう。厚生労働省によると、日本人の平均寿命(正確には0歳の平均余命)は男性が80.50歳、女性は86.83歳である*1
 この数字が世界最高水準なのはご存知の通りだ。諸外国と比較すると、米国では男性76.4歳、女性81.2歳と日本よりも4,5年短い平均寿命で、中国では男性72.38歳、女性77.37歳と日本よりなんと8年程度も短かった。もちろん統計の信憑性などが異なるため正確な比較は困難だが、それにしてもこれほど大きな差があるのである。特に中国は、もう6年も前にGDP(国内総生産)で日本を抜き、現在すでに日本の3倍近いGDPになっている*2ことを考えるともう少し寿命が長くても良い気がする。

 

平均寿命はもう伸びない

 なぜ日本人の寿命はこれほど長いのか。理由はいくつかある。
 厚労省の官僚に尋ねれば「世界一のシステム、国民皆保険を構築したからだ」と言うし、筆者のようながんの専門家に問えば「がん治療が欧米よりもハイレベルだからだ」と答えるし、遺伝学者に聞けば「遺伝学的に日本人は長寿なのだ」と言うかもしれない。どれも間違ってはいないだろう、長寿には実に色々な因子が絡み合って存在している。
 だが、平均寿命はもうこれ以上伸びない、と筆者はみている。こんなことを現役医師として発言すると「そんなことを言う弱気な医者にはかかりたくない」とクレームが来そうだが、現場にいる我々が実感してしまい、声を上げねば誰も言わないので仕方がない。「社会学者」のような人が追随してくれるのを期待する。

 根拠はいくつかあるが、最も客観的なデータを示そう。それは、お金の話だ。当然だが医療にはかなりお金がかかる。例えば米国で盲腸(虫垂炎)の手術をすると2泊3日で200万円かかるが、日本ではせいぜい10万円だ。これは米国が高いのではなく、日本が安すぎるのである。医療にはそれだけお金がかかっているのだ。
 話を戻そう。日本経済が上昇していないのは周知の通りだが、40兆円を使っている医療費が毎年3%増え続けている事実はあまり知られていない。筆者が医学部に入学した15年前には、「医療費が30兆円を超えてしまった、コリャ大変だ」と言われていた。それがあっという間に10兆円も増えたのだ。医療費は増えるが経済は伸びていないので、GDPに占める医療費の割合も5.79%→8.29%と上昇している(平成10年→25年で比較)*3

 この事実だけを見ても、まずいことになっているのは明白だ。さらには、この医療費の50%以上を高齢者が使っているという点にも注目したい。具体的には、65歳以上が医療費全体の57.7%を占め、70歳以上に限定すると47.2%だ。働いていない世代の医療費を、働く世代が賄っているという構図になる。つまり高齢者が増えると、必要な医療費は自然に増えるのである。
 ちなみに日本の高齢化のスピードは世界一なのだが、内閣府によれば人口比率は、2014年で高齢者1人に対して現役世代(15~64歳)2.4人だが、2060年には1.3人になると予測している*4。ピンとこない人のために簡単に言えば、山手線の半分は優先席になるということだ。

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中山 祐次郎

なかやま ゆうじろう

1980年神奈川県生まれ。聖光学院高等学校を卒業後、2年間の浪人生活を経て、鹿児島大学医学部医学科を卒業。その後、がん・感染症センター都立駒込病院外科初期・後期研修医を修了。現在は同院大腸外科医師(非常勤)として勤務。参加手術件数は1年に233件(2014年度)。資格はマンモグラフィー読影認定医、外科専門医、がん治療認定医。生と死を見つめて、もがき苦悩する35歳。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと~若き外科医が見つめた『いのち』の現場三百六十五日~」(幻冬舎)。


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