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食の世界共通言語、「フードピクト」が創る未来

現在観測 第28回

食の絵文字、「フードピクト」。アレルギーや宗教的な理由より「食べてはいけないもの」がある人に向けた、食のサインだ。実はこのサインは、1964年の東京五輪につくられた「絵文字」のサインがもとになっている。

「日本の料理、食べてみたかった…」

 2005年の夏、サウジアラビアから初めて日本にやってきたアディルさんがつぶやいた一言です。

 当時、19歳だった僕は大阪外国語大学でアラビア語を勉強し、休日は観光案内のボランティアをしていました。その日、日本の料理を食べてみたいという彼の期待に応えようと、お寿司や天ぷら、蕎麦屋を案内しました。

 しかし厳格なイスラム教徒で「豚とアルコール」を口にできない彼にとって、初めて見る異国の料理の食材は、全く想像がつきません。僕から料理の説明をしても彼の不安はいっぱいで、結局その日はマクドナルドのフィッシュバーガーを食べて1日が終了しました。

料理の名前や写真があっても「食材」までは把握できません
 

 

日本のなかの国際化。多様化する食事のルール

 国際化と多様化が同時にすすみ、日本でも自分とは異なる国籍や宗教、文化や言葉、価値観などがある人との出会いは、これまで以上に急速かつ頻繁に訪れるようになりました。

 昨年、日本を訪れた外国人は過去最高の1,973万人(前年比+47%)を超え、2020年には4,000万人を目標に観光誘致を進めています。また、日本で生活する外国人は217万人(総人口の1.7%)になり、いま日本で生まれる子どもの29人に1人(3.4%)は、両親ともに外国人か、どちらかが外国人という状況です。

 食事についても多様化が進み、宗教的な理由やベジタリアンにより「食べてはいけないもの」がある人や、食物アレルギーにより「食べられないもの」がある人は増え続け、昨年末で420万人(前年比+13%)が食事について独自のルールや制約を抱えています。

「食」の国際認証。進む世界と、遅れる日本。

 いま、世界人口の三分の一には、宗教による食戒律やベジタリアンにより、独自の食事ルールがあります。たとえば、イスラム教徒は戒律により、豚肉や血液、イスラム法に則って食肉処理されていないものなどを食べてはいけない、という決まりがあります。国際的には、そのような人々が安心して食べられるかを判断するための認証制度やマークが定着しています。

 例えばユダヤ教徒のための「カシェル認証」(旧約聖書の食の禁忌に触れない食材や調理法で作られた食品)やイスラム教徒のための「ハラール認証」、ベジタリアンのためのベジタリアンマークなどは広く活用され、街中のスーパーやコンビニ、飲食店にもあふれています。

 ここ数年、同様の制度は日本にも輸入され、少しずつ広がりを見せていますが、認証取得のための審査基準や取得費用のハードルは高く、まだまだ一般的に普及しているとは言えません。

 どうすれば誰もが安心して食事を楽しめるようになるのでしょうか?2005年、僕は日本で生活する外国人やアレルギーがある人たちと一緒に解決策をさがすワークショップを企画しました。そして言葉や制度、理解のバリアを克服し、みんなが安心できる食材表示ツールとして誕生したのが「フードピクト」です。

 

FOODPICT © INTERNASHOKUNAL & NDC Graphics

 

 

世界をつなぐ、国際規格の絵文字

 フードピクトは、すべての人が安心して食事を楽しめるように、国際標準化機構のピクトグラム(絵文字)制作ルールに従い、世界1,500名を対象に「理解度・視認性・必要品目」についての国際調査を経て開発。国籍や文化の違いをこえて誰にでも意味が伝わり、色覚障害や高齢者にも見えやすいデザイン、食事に制約がある人の8割以上をカバーできる品目数と表示基準に仕上げました。

 現在、フードピクトは利用希望者にデータとマニュアルを提供しているほか、シェフや店長を対象にした研修やコンサルティングも実施。これまでにAPECやアジア大会、昨年はイタリアのミラノ万博でも採用されたほか、成田空港や関西空港、東京BIGサイトをはじめ全国1,317カ所の飲食店やホテルで採用されています。

 最近では学校の教科書や災害時避難所にも採用され、みんなで安心と信頼をつくるコミュニケーションツールとして、さまざまな機会での活躍が広がっています。

ホテルのビュッフェ会場でのフードピクト表示の様子

 

新しい世界の共通言語、東京五輪で世界に発信

 じつはこのピクトグラムは、日本生まれのコミュニケーションツールであることをご存知ですか?

 いまから半世紀前、1964年の東京オリンピック開催時に、世界各国からの選手や関係者とのコミュニケーションをどうするのか、という課題が浮上しました。そこで、当時のデザイナーたちが日本古来の家紋からヒントを得て、世界で初めて施設案内や競技シンボルを体系的に整備したのが始まりです。

 いまや非常口やトイレのマークなど、世界中に広がったピクトグラム。普段意識して見ることは多くありませんが、私たちの生活のなかにもメールの絵文字やLINEのスタンプなど、快適なコミュニケーションに欠かせない役割を担っています。

 

おいしい笑顔に、そっと寄り添いたい

 僕の夢は2020年の東京オリンピック開催時にアディルを日本に招待して、日本の料理や文化を心から安心して楽しんでもらうこと。

 そのために日本が世界に誇るピクトグラムの進化系であるフードピクトを多様な食文化や価値観を受け入れるための社会インフラとして日本中に普及させ、みんなのおいしい笑顔にそっと寄り添いながら、食卓を囲んだ多様性あふれるコミュニケーションを広げています。

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菊池信孝

きくちのぶたか

特定非営利活動法人インターナショクナル代表理事。



食分野を起点に、安全安心な社会インフラをつくるコミュニケーション事業と、



多様性への理解と交流機会をひろげるダイバーシティ教育事業を展開。



専門はコミュニケーションデザイン。



公式サイト:www.designtodiversity.com


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