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安倍晋三、死後もなお続くアベガーたちの悪魔化運動と国民的政治家としての特異性【宝泉薫】

安倍晋三(1954-2022)享年67

 

■安倍晋三の力を最も高く評価していたのはアベガーだった

 

 安倍晋三元首相が暗殺されてから、ひと月が経とうとしている。直後には参議院選挙が行われ、9月に国葬が営まれることも決まった。

 しかし、この未曽有の大事件によって何が変わったかといえば、意外と何も変わっていないという印象だ。

 たとえば、参院選において、いわゆる同情票が自民党に集まるのではといわれたが、得票率は前回の参院選とほぼ同じ。厳密には、0.9ポイント(%)下がっている。

 また、国葬決定にも反対意見が出た。その代表的勢力は、例によって朝日新聞。連載コーナーの「朝日川柳」において、

「疑惑あった人が国葬そんな国」「死してなお税金使う野辺送り」

 といった句を積極的に掲載し、批判的空気を醸成しようとしている。

 とまあ、生前とさして変わらない風景が広がっているわけだ。この暗殺事件が世界的にも注目され、国内でも語り継がれることは間違いないが、にもかかわらず、何も変わっていないというのはちょっとした驚きではある。

 ただ、その理由はわからないでもない。安倍嫌いのいわゆる「アベガー」たちにとって、彼は生きていても死んでいても関係ない存在だったのだ。言い換えれば、人間以外の存在、キャラクターとか概念みたいになっているのだろう。

 だからこそ、暗殺直後から生前の言動に対する批判、さらには「ざまあみろ」「自業自得」的な声もあがった。参院選の自民党得票率が横ばいだったのも、同情と嫌悪がプラマイゼロだったことの反映といえる。「朝日川柳」も一部にはウケると確信していたのだろう。むしろ、暗殺に憤り死を哀しむ人がいればいるほど、アベガ―も意地になって叩き続けている印象だ。

 ではなぜ、アベガーは生前の彼をこうしたキャラクターや概念にして、死後も変えようとしないのか。

 転機として考えられるのは、2012年の復活だ。その5年前にもっぱら健康上の理由から首相を辞任した彼は、体調を回復させ、再登板を果たした。しかも、前回の在職時より政治家としての実力を高め、難病で一度は退陣した人とは思えない心身のタフさを示しながら、歴代最長となる安定政権を築いていく。

 いわば、政治生命を絶たれたかに見えた人が奇跡的に甦り、さらに強大化して頂点に君臨し続けたのだ。支持者にとっては頼もしい限りだが、嫌いな人にとってはゾンビのようにも思えたのではないか。その恐怖と不安が、彼を人間以外のキャラクターや概念にしてしまうという、飛躍的行動に走らせたのだろう。すなわち、安倍の「悪魔化」である。

 ただ、彼は人間だった証拠に、2年前、再び健康上の理由から退陣している。にもかかわらず、アベガーは悪魔化をやめなかった。またすぐに回復して、再々登板をするのではと怯え、ともすれば、現職の首相以上に叩き続けたのだ。ある意味、彼の力を最も高く評価していたのはアベガーだったともいえる。

 さらに今回、たった一発の銃弾で亡くなるという最期を遂げたことで、生身の人間だったことがまた証明された。それでも、アベガーが悪魔化をやめないのはこれまでとは別の理由も加わったからだろう。それは「うしろめたさ」というやつだ。

 約10年間「アベしね」などの誹謗中傷をネットやリアルで行ったり、国会やデモで葬式ごっこやそれに似たパフォーマンスをしたり。そういう過激さのまかり通った状況が、彼になら何を言ってもいいし、何をしてもいいという「反アベ無罪」的な空気を生んだ。ひいてはそれが、殺害対象に彼を選んだ犯人の意識に影響を与えたことは否定できない。

 つまり、彼を人間だと認めてしまうと、自分も間接的にこの暗殺に加担してしまったのでは、といううしろめたさにとらわれかねないのだ。そこから逃れるためにも、悪魔であり続けてもらわないと困るのだろう。

次のページアベガーにとって好都合なことに、犯人は統一教会への恨みを口にしている

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宝泉 薫

ほうせん かおる

1964年生まれ。主にテレビ・音楽、ダイエット・メンタルヘルスについて執筆。1995年に『ドキュメント摂食障害―明日の私を見つめて』(時事通信社・加藤秀樹名義)を出版する。2016年には『痩せ姫 生きづらさの果てに』(KKベストセラーズ)が話題に。近刊に『あのアイドルがなぜヌードに』(文春ムック)『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、最新刊に『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)がある。ツイッターは、@fuji507で更新中。 


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