「今の人たちは食に対して贅沢になりすぎている」 土光敏夫が教える清貧の思想 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「今の人たちは食に対して贅沢になりすぎている」 土光敏夫が教える清貧の思想

【連載】「あの名言の裏側」 第2回 土光敏夫編(2/4)“メザシの土光さん”の真相

さて「メザシの土光さん」とは、一体どんな逸話なのでしょう。起源は、1982年7月にNHKが放送したドキュメンタリー番組「八十五歳の執念 行革の顔・土光敏夫」にあります。番組内で、神奈川県鶴見区の私邸で細君と夕食を摂るシーンが描かれたのですが、その光景は衝撃的でした。それほど広くもない、古ぼけた台所の一角に置かれたテーブルに並ぶのは、メザシ、野菜の煮物、ごはん、汁物という質素なメニュー。何気ない会話をポツポツと交わしながら食事を摂る老夫婦の姿は、まさに庶民そのもの……いや、当時の一般的な家庭でも、なかなか見られないような慎ましさだったわけです。

同番組中では他にも、早朝に目覚めて読経に勤しむ土光氏、拾ってきた帽子を被って庭の畑を世話する土光氏といった姿が紹介されます。ひげ剃り用のブラシを50年間使い続ける。古い背広や古い靴を何回も補修しながら着用。家の修繕や庭木の手入れは職人に頼まず、すべて自分の手で行う。早めに夕食を摂った後は書斎で読書……土光氏の質素な暮らしぶりが放つインパクトはあまりにも強烈で、名状しがたい説得力を持っていました。
この番組の収録ウラ話を絡めつつ、土光氏は次のように述懐しています。
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行革審の会長時代、NHKテレビから話があって、僕の日常生活をルポしたいという。なんでも「行革に挑む土光敏夫」とかいうテーマで、あなたの私生活を国民に知らせることで、行革にかける意気込みを証明したいとのことだった。元来、僕は公私の区別を明確に分ける主義なので、プライベートまで披露するのはいやだったが、それが行革推進のPRになると口説かれればやむをえない。やむなく家庭での撮影までOKした。

放映後、とりわけ反響を呼んだのは、僕ら夫婦の夕食のシーンである。こちらは毎度のことでなんとも思っていないのだが、その献立があまりに質素だというので、大方の共感を呼んだらしい。
たまたま、その日の献立は、僕の大好きなメザシと野菜の田舎煮、それに汁物と御飯であった。ところが、それが財界トップとしては質素にすぎるというので、以後、「メザシの土光さん」と呼ばれるようになった。別に、こちらは好きな物を食っているのだから騒がれることもないと思うのだが、たしかに今の人たちは食に対して贅沢になりすぎている。
(『土光敏夫大事典』より)
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メザシは好きで食べているだけなのだから、そんなに驚かないでくれよ──少し呆れたような表情を浮かべながら、土光氏が苦笑する姿が目に浮かぶような一文です。

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漆原 直行

うるしばらなおゆき




1972年東京都生まれ。編集者・記者、ビジネス書ウォッチャー。大学在学中より若手サラリーマン向け週刊誌、情報誌などでライター業に従事。ビジネス誌やパソコン誌などの編集部を経て、現在はフリーランス。書籍の構成、ビジネスコミックのシナリオなども手がける。著書に『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』、『読書で賢く生きる。』(山本一郎氏、中川淳一郎氏と共著)、『COMIX 家族でできる 7つの習慣』(シナリオ担当。伊原直司名義)ほか。

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