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【今はコロナ終息を祈願】戦国では人魚転じてアマビエとなる!?

季節と時節でつづる戦国おりおり第417回

世の中は新型コロナウイルス騒動で大変なことになっている。まずは罹患された方にお見舞い申し上げ、亡くなられた方には心からお悔やみ申し上げます。

さてこの一件にともなう混乱だが、自宅の書斎でのお仕事が基本の筆者などはたいして影響を受けないと思いきや、図書館が休みとなりわずかばかりの蔵書では確認できない事柄が出てくるともうお手上げだ。ただでさえ遅筆なのに、これでは商売あがったり。何としたものか、こうなると神様どころか何にでもすがりたくなる。

それは世間様もご同様らしい。最近、ネットでは「アマビエ」という妖怪が脚光を浴びているとのこと。

水木しげるさんが描いた“アマビエ”SNSで話題に(福島民友新聞)

コロナ終息祈願 話題の“妖怪アマビエ”の秘密を原田龍二が解説(FRYDAY)

この妖怪、元々は肥後国の沿岸で出現し「疫病が流行するから早く私の姿を描いて回覧せよ」と告げたという幕末の瓦版がネタというが、実はもっと古くから語り伝えられていたのではないか。

というのは、本能寺の変が起こる1年前の天正9年(1581)、三河国の徳川家家臣・松平家忠がその日記『家忠日記』の4月16日から24日にかけての記事の下の空白に「人魚」の絵を描き込んでいるのだ。

駒澤大禅文化歴史博物館図録『松平家忠とその時代』から転載

そのイラストには「正月22日に干上がった田んぼに出現した。安土で人を食った。〝トノコーシ〟と鳴き身長は6尺2寸(180センチ余り)、名称は〝人魚〟」と説明が付けられている。 これが後の「アマビエ」なのではないか。

「アマビエ」の「アマ」は尼・海女・海士で人、「ヒエ」は肥後=熊本の方言で「魚」に関係するからだ。つまり、人魚で、瓦版の絵も人魚そのものだ。

家忠のイラストの前年、日本は富山で豪雨水害が起こるなど天候不順で、諸国に疫病が大流行し多くの人が死んだ。

このため疾病の退散を祈ることが広く行われたと考えても不思議はない。こうして、当時すでに人魚の絵が魔除けに描かれ、なかでも天下人・織田信長の安土城下では疫病で信長の権威に傷がつくことは避けねばならぬとより大規模に人魚の絵が描かれたとしてもおかしくない。

そしてそれがやがて三河の家忠のもとに伝わったときには「人を食った」などと尾ひれもつき、描き写されたというわけだ。

現代はネットのおかげでアマビエの話もあっという間に広まるが、人の噂はあっという間に伝聞されるとはいうものの、そこにはやはりタイムラグもあり誤情報も添付されやすかった。

後にこの人魚の絵による疫病除けのまじないが、熊本あたりでは「アマビエ」の妖怪伝説となって残った。そう考えるのも、ロマンティックなことではなかろうか。

とにもかくにも、一刻も早くウイルスを抑え込めるよう皆でお願いをしておこう。アマビエだけでなく、日本古来の魔除けである道祖神、お地蔵さんも忘れてはいけないぞよ。

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