■脱退、卒業、辞退…表現の裏の事情

 一方「脱退に近い卒業」というのもある。たとえば、山口真帆のケースはそれだったかもしれない。昨年、NGT48を卒業。ファンによる暴行被害とそこに他のメンバーが絡んでいることを告発したことで、運営側と衝突したあげくの決断だった。

 卒業を発表したNGTのライブでは「いままで黙ってきた思いを言いたい」として、

「事件のことを発信した際、社長には『不起訴になった。事件じゃないってことだ』と言われ、そして今は『会社を攻撃する加害者だ』とまで言われていますが、ただメンバーを守りたい、まじめに活動したい、健全なアイドル活動ができる場所であってほしかっただけ。(略)もうここには私がアイドルをできる居場所はなくなってしまいました」

 と、発言。仲のよかった他ふたりと行った卒業公演も、対立していたメンバーは参加しなかった。また、欅坂の「黒い羊」を歌ったことで「僕だけがいなくなればいいんだ」という歌詞が彼女自身の本心ではないかと報じられたりもした。

 なぜ「脱退」ではなく「卒業」だったのかという理由は不明だが、運営側にとっては丸く収めたかったということだろうか。こうしたケースは珍しいことではない。山口のケースとは事情が異なるが、日向坂46でも、昨秋の男性スキャンダルで活動を自粛していた井口眞緒が2月に卒業を表明。芸能界も引退して、企業で働くつもりだとブログに綴った。

 かと思えば「辞退」という表現でグループを去った人もいる。11年にAKB48のスーパー研究生として、いきなり「週刊プレイボーイ」のグラビアを飾ったり、ドラマ「ATARU」にレギュラー出演するなど、約10ヶ月、脚光を浴び続けた光宗薫だ。

 しかし、正式メンバーに昇格することが決まった直後に、

「自分自身以前から体調が優れず、自分の思う万全の状態で皆さんの前に立つ事が難しくなり、このままでは回りの方にご迷惑をかけてしまう事は勿論、自分への負担も大きくなってゆくのを感じ、辞退させていただく事を申し入れました」

 と、表明。ただ、運営側との関係は良好だったようで、その後、AKB系の事務所に所属して、ソロ活動を行なった。が、体調は安定せず、17年に活動を休止。以前から摂食障害などに苦しんできたとして「一時的に拘束してもらわなければ生活が儘ならない状態を繰り返しています」と衝撃的な告白をした。

 それでも、現在は体調も持ち直したようで、特技でもある画業を行なったりしている。

 そういえば、12年に男性スキャンダルを起こした増田有華も、

「けじめをつける為にも、本当に突然ですが、AKB48を辞退させていただきたい」

 と語った。ただ、こちらは正式メンバーであり、事情も事情だから「脱退」と呼ぶほうがふさわしいようにも感じる。

 ちなみに、でんぱ組.incにおいて「卒業」したのが夢眠ねむで「脱退」したのは最上もがだ。最上は今年1月、こんなツイートをしている。

「続けたくても身体的にも精神的にも限界だったために、抜けざるを得ないという選択を自らしたので、どうしても卒業という表現ができなかった。ねむはちゃんと今後のことを見据えて決めていた、の違いかなって」

 いずれにせよ、芸能界は実力社会だ。それこそ、高校を中退して、その卒業式の日にデビューライブをした尾崎豊が伝説のカリスマになれたりもする。思えば、平手は十代の代弁者的な立ち位置といい、危なっかしいパフォーマンスといい、かつての尾崎に通じるところもある。彼女が「脱退」を選んだのはごく自然なことだったのかもしれない。

 その脱退は、最近のどの卒業よりも注目を浴びた。グループを去るとき、そのアイドルに合ったやり方があるということを、平手の脱退は教えてくれる。