難病「道化師様魚鱗癬」を患う我が子と若き母の悲しみと苦しみ。「ピエロ」と呼ばれる息子の過酷な病気の事実を出産したばかりの母は、どのように向き合ったのか。『産まれてすぐピエロと呼ばれた息子』著作を綴った「ピエロの母」が魚鱗癬の息子の姿を見て「理想の成長」が叶わないと思った時に、語りかける「ごめんね」という言葉。息子の険しい将来を受け入れると母が決意した時、私たちは「自分ごと」として難病を障害をどう受け止めたらよいのだろうか。息子を産んだ若き母が、病院から実家に戻った日のできごと を綴ります。
 

目線の先は「見慣れた天井」とにらめっこ

 母に送ってもらい、久しぶりに家に帰る。「ただいまぁ
 もちろん夫は仕事に出ているため、誰も「おかえり」とは返してくれない。

 破水して家を出るとき、まさかこんなことになるなんて、これっぽっちも思っていなかった。部屋でひとりになると、床に寝転がり、暫く天井とのにらめっこ。うちの天井ってこんな模様だったんだぁ。
 病院の天井よりは好きな模様だなぁ〜、なんて思っていると、近くに住む私の祖父母が来訪。
 ひ孫に会うのを楽しみにしてくれていた祖父母。

 ごめんね。陽が産まれて3日目の朝、祖父は慣れないメールを送ってくれていた。
おはよう。体調はどうですか。頑張りなさいよ。あなたの強い気持ちがパワーになって赤ちゃんに伝わり、頑張ってくれると思います。無事を祈っています
この時はまだ強い気持ちもパワーも、私にはなかったけれど、このメールを読んで強くなりたいと思えた。

 床に寝転んだままの私の顔の上に、祖母のシワシワの可愛い手とお皿、そして誘惑の甘い香り。起き上がって見てみると、お皿には少し固くなりかけた餅。でも大好きな砂糖醤油の餅。
餅は母乳にいいんやて。あんた毎日母乳届けやなあかんのやろ! ほれ、餅食べ!! いつまでもウジウジしとったらあかん、メソメソしとたら陽ちゃんが可哀想や

魚鱗癬の患者の皮膚写真(パブリックドメイン)

 久しぶりの家で、疲労もあり寝転がっていただけで、暗い表情でもなく泣いてもいなかったが、祖母には私のウジウジメソメソな心が伝わっていたのかな。
 祖父は「身体大丈夫か ?  ちょっとゆっくり休みな」と身体を心配してくれた。
 ありがとう。
 ごめんね、ありがとう。

 またひとりになると、先程と同じ場所で寝転び、今度は天井を見ながら泣いた。初めて陽の姿を見たときのこと、面会で見た陽の姿、お腹の帝王切開の跡を触り、さらに泣いた。
 涙が耳の中に入り、少しこしょぐったい(註:くすぐったい)。
 でも次から次へと流れ落ちる涙で、拭っても拭っても追い付かない。

 ふと時計に目をやると、搾乳の時間。軽く顔を洗い、搾乳を始める。母乳の出る量が増えてきたため、搾乳器きを使用するようになると、搾乳がとても楽になった。
 冷凍パックに搾乳した時間と量と名前の記入。
 名前を記入し、眺めていると、また涙が流れる。
 ダメだ、ひとりでいると、弱い自分の心が炸裂する。

 そして夫の帰宅時間が近づく。

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