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【注目の岩田健太郎教授が分析】移動するウイルス、インフルエンザは一体“いつ”“どのように”して流行したのだろうか?

インフルエンザ なぜ毎年流行するのか②

——新型コロナウイルスが猛威をふるうなか、発生源の中国だけではなく、日本でも感染者が日々増え続け、その影響はもはや世界規模にも及んでいる。
 世の中でもっとも有名な感染症であるインフルエンザ自体は、世界中でそして季節を問わず、活動しているらしい。いったいどこから、どのようにして伝達したのか? どのくらい昔から存在していたのか?
 感染症診療の第一人者であり、神戸大学大学院医学研究科感染治療学分野教授・岩田健太郎氏の著書『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』(KKベストセラーズ)よりインフルエンザの歴史を少しだけ深掘りしてみる。

◆インフルエンザは「移動」する⁉️

 インフルエンザが冬に流行する「正確な」理由は現在も分かっていません。こんなにシンプルな自然現象でも案外、科学が理解していないことって多いんです。「なぜ」問題、難しいですね。

 世界規模で見ますと、北半球は11月くらいから3月くらいまでがインフルエンザの活動性が高いです。南半球は逆でして、日本では夏の時期がちょうど冬に当たりますから、8月とかがインフルエンザが流行しやすい時期になります。で、赤道直下のような熱帯地域、四季の違いがはっきりしない、「冬」がやってこない地域では年がら年中インフルエンザが見られます。

 つまり、冬じゃなくてもインフルエンザは活動しているのです。日本でも調べれば年中インフルエンザ患者は見つかります。とくに沖縄のような四季がはっきりしないところではその傾向が強いようです。インフルエンザウイルスは細かく分けるとAとBという2つのタイプがあるのですが、とくにこのBは年がら年中見つかることが多いです。

 インフルエンザ・ウイルスは同じ地域でずっと流行の波をアップダウンしていることもあるようですが、他の地域から移動している可能性もあります。南半球で流行したウイルスが赤道を越えてだんだん緯度を高めて北半球での流行に移行していき、その後また緯度を下げて冬になった南半球で流行する、というサイクルが存在するようです(Finkelman BS, Viboud C, Koelle K, Ferrari MJ, Bharti N, Grenfell BT. Global Patterns in Seasonal Activity of Influenza A/H3N2, A/H1N1, and B from 1997 to 2005: Viral Coexistence and Latitudinal Gradients. PLOS ONE. 2007 Dec 12;2(12):e1296)。

 なぜ、どのようにしてそのような地域の移動が行われるのかは分かっていませんが、興味深い現象だと思います。

 流行のパターンは人の動きに影響されます。動物にも感染するインフルエンザ・ウイルスですが、「通常」流行するタイプのインフルエンザは主に人から人に伝播していくからです。

 人の移動の仕方は時代によって異なります。移動手段がどんどん進歩していきますから。大陸や国によっても違いますし、同じ国内でも都市部と田舎では異なります。戦争があって、その結果多くの難民が生じた場合、ワールドカップやオリンピックのような大きなスポーツイベントがある場合、宗教における巡礼など、様々な複雑な要素が人の移動を決定します。よって、流行の動き方は地域によって細かいバリエーションがあり、先に述べた「冬に流行」というインフルエンザのパターンも大雑把にザックリ概観したものに過ぎません。

 ぼくは千葉県は房総半島の亀田総合病院という病院に勤務していたことがありますが、比較的暖かい房総半島でのインフルエンザ流行は、千葉県北部……東京のすぐ近くよりもずっと遅れて始まっていました。これは気温の影響もあるのでしょうが、東京からの人の移動……例えば(実は千葉県にある)東京ディズニーランドに移動する大量の人たちなどの影響もあったのかもしれません。まあ、これはぼくの個人的な推測に過ぎず、ここでも「なぜ」問題は難しいのですが……。

 とにかく、インフルエンザは夏でも冬でも存在するけど、冬のほうがよく目立ってローカルな問題と、寒い地域にどんどんウイルスが移動していくっていうグローバルな問題が混在して、現在の流行を作っているようです。

 文献上、最初のインフルエンザの記載は16世紀のことで、イギリス人医師のカイウスが発熱や頭痛、筋肉痛を起こす病気、「汗かき病(sweating disease)」として記載しています。もっとも、インフルエンザの原因であるインフルエンザ・ウイルスが見つかったのは1933年のことですから、カイウスの記載がインフルエンザだった、というのは症状からの推測に過ぎません。ただし、それ以前にも12世紀にはイングランド、ドイツ、イタリアなどでインフルエンザの流行があったとされています。14世紀にはフィレンツェでインフルエンザの大流行が起き、このときに命名されたex influentia colesti.つまり「天体の影響」というのが「インフルエンザ」という病名の由来になりました。

 昔の人は、インフルエンザを感染症ではなく、天体の影響による現象だと考えていたのです(Cunha BA. Influenza: historical aspects of epidemics and pandemics. Infect Dis Clin North Am.2004 Mar;18(1):141‒55.)。

 しかし、数千年の歴史を持つ中国の医学書『傷寒論(しょうかんろん)』にもインフルエンザらしき症状の記載がありますから(太陽病)、もしかしたらインフルエンザはもっともっと昔から存在していたのかもしれません。

 ま、というわけでインフルエンザが「なぜ」流行る? 結論を申し上げると「いろんな説があるけど、よーわからん」といったところでしょうか。のっけからモヤモヤで申し訳ないです!

KEYWORDS:

『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』
著者/ 岩田健太郎

本屋さんの「健康本」コーナーに行くと、たくさんの健康になる本とか、病気にならない本とか、長生きする本とか、若返る本とか、痩せる本とかが売っています。ところが、そのほとんどがインチキだったり、ミスリーディングだったり、センセーショナルなだけだったり。要するに「ちゃんとした」本がとても少ないのです。そういうわけで、感染症や健康について、妥当性の高い情報を提供しようと、本書をしたためました。

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岩田 健太郎

いわた けんたろう

1971年、島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科・微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学都市安全研究センター教授。NYで炭疽菌テロ、北京でSARS流行時の臨床を経験。日本では亀田総合病院(千葉県)で、感染症内科部長、同総合診療・感染症科部長を歴任。著書に『予防接種は「効く」のか?』『1秒もムダに生きない』(ともに光文社新書)、『「患者様」が医療を壊す』(新潮選書)、『主体性は数えられるか』(筑摩選書)など多数。


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  • 岩田健太郎
  • 2018.11.09