日本マクドナルドの創業者であり『ユダヤの商法』の著者でもある藤田田がいかにして不世出の起業家となったのかに迫る連載の最終回。東大法学部、そして日本マクドナルド設立と順風満帆に見える藤田田だが、真の実業家になるためには最も重要な資質が欠落していた。令和の時代、これから起業を目指す者にとっても欠かせない資質、その精神とは…田さん流「お金の哲学」に迫ります。
 

■ユダヤ人が見抜いた藤田の根底にある “大きな欠点”

東大法学部時代の藤田田

 東大生で闇金を始め、「光クラブ事件」で自裁した天才の山崎晃嗣に欠けていたものは、「仕事×時間=巨大な力」のうち、時間の概念、つまり持久力、耐久力であった。

 藤田はこう言う。「山崎は頭がよすぎて、先が見えすぎて早く死んじゃった気がします。人間というのはある程度バカなほうが、ハッピーかもわからんですね

 藤田はこの時期、GHQでユダヤ人のウイルキンソン軍曹の下でユダヤの商法を学んでいた。ユダヤ人は藤田に金儲けのコツを教えた。しかし、ユダヤ人から見た藤田には大きな欠点があった。それは、藤田の「懐疑主義」である。

 ユダヤ人は「他人を信じずに、自分ひとりを信じようとする態度は悪くはないが、それが昂(こう)じて他人の言うことをすべて疑ってかかることは、行動のエネルギーを削ぎ、最後は無気力に陥ってしまうだけだ。それでは金儲けなど100年経ってもできない」と、藤田をこき下ろした。

 藤田は、「『人生はカネやでーッ!』と言いながら東大法学部卒の肩書きでエリートコースを歩いていきたい」という欲望を捨てきれなかった。そうなると今の自分の姿を“仮の姿”とみなしてしまい、金儲けに情熱を傾けられなくなる。そんな中途半端な藤田を見て、ユダヤ人たちは「オマエのエリート根性には一銭の値打ちもない」と斬り捨てた。

 藤田が東大法学部のエリート根性と決別するのは、1950年(昭和25年)に藤田商店を設立し、「100万円を目標」に定期預金を始めてからだ。藤田はこう述懐する。

「毎月定期的に5万円を貯金することで、人生に対して何か吹っ切れていくものを感じました。それは東大法学部卒の“権威”とか、外交官になる“夢”とか、無気力の世界へと導く“懐疑主義”とか…。そういう虚妄の世界とは全く異なる堅実で真実の世界が見えて来たのです」