特別養護老人ホームに入った認知症の父の介護で何が見えてきたのか? 『親の介護をしないとダメですか?』の著者、コラムニスト吉田潮さんがこれまでの母との介護記録を総括した。
 今の時点で見えてきたもの———世の中の頑迷な男尊女卑の慣習とむき出しの自分エゴと向き合う苦しみでもあった。では、どうすれば良いのか? 潮さんは、ブレずに一貫します。自分が「主語」の人生を維持すること———それが親孝行だ、と。親の介護、あなたは、どうしますか?

◆「父ときどき暴力男」説

 父の介護が現実問題として浮上してから、見えてきたものがある。
 父に尽くしてきた母の思いと生きざまだ。父の言動や糞尿で最も疲弊していたのは母であると同時に、父のホーム入所に最も抗って忸怩たる思いを抱いてきたのも母である。正直、私には「矛盾」としか思えず、理解不能な部分も多かった。一生理解しえないであろう感覚もある。
 私自身は父を尊敬していたし、仕事をする上ではいつか超えたいと思う存在でもあった。が、伴侶としては、私が絶対に選ばないタイプである。どんなに経済的安定を確約してくれるとしても、家事を一切しない輩は精神的に無理。無駄に何度か結婚したことはあるが、全員家事万能な人だった。父は借金・暴力がないだけまだマシだが。

 ところが、である。

 父の介護問題で母と話す機会が増え、知られざる過去に触れることも多くなった。「父ときどき暴力男」説が浮上してきたのである。
「私が膝が痛くて動けないときに、お父さん、なんか虫の居所が悪かったんでしょ、私を蹴り飛ばしたことがあったの。『人に尻向けやがって!』って、突き飛ばされたこともあったわ。それを思い出すとムカムカしてね」
 え、そんな暴力をふるわれたことがあったの? もちろん恒常的な暴力ではなく、ごくたまに機嫌が悪いとき限定だ、と母は笑って言う。いや、私は1回でも無理! 女に対して理不尽に手をあげる男は死ねばいいと思っているし、私だったら即離婚するよ?
「私らの時代は仕方なかったのよ。あんたたちみたいに自由に生きて、自分で働いて稼げるんだったらねぇ。私にももう少し学問と知恵があったら、いろいろとはねのけて、離婚できたんだろうけれどね」

◆みんなそうだから、それが当たり前だからという思考停止

学問と知恵……。

 そういえば、父は高卒の母を馬鹿にするような文言をよく言っていたし、母の田舎を見下す発言もしていた。冗談というかダジャレで言ってはいたけれど、考えてみたら、あれは完全にモラハラである。母に伝えると、
「モラハラってなあに?」
 と聞いてくる。嗚呼、もうその時点から感覚が違うのだ。
「あなたの人格や考え方を頭ごなしに否定したり、言葉で傷つけるようなことだよ」と言うと、思い当たるフシがあったようだ。
「そういえば……恥ずかしいから改名しろ、みたいなことを言われたことはあったわねぇ。さすがに親を否定されたようで頭にきたけど」
 母の名前は旧字で、非常に珍しい漢字を使う。父はその名前が気に食わなかったらしく、改名を迫ったというのだ。うん、それは完全にモラハラだね。
 母の中では、昔の父の蛮行が次々とよみがえってきている。
 それもこれも「日記を読み返せ」と私が言ったからだろう。父の食事と糞尿の世話から解放されて、時間を持て余すようになったことも大きい。自分の日記を読み返しては、牛のように反芻する日々。娘の私が聞くとギョッとするような話も、母がぽつりぽつりと話してくれるようになった。
 しかし、この世代の妻は皆、口を揃えて言う。
「夫に尽くすのが妻の仕事」「みんなそうやってきたから」「それが当たり前だと思っていたから」。主人と奴隷の関係をいつまでも「美徳」とか「愛情」と思いこんでいる。いや、そう思いたいのだ。そう思わないと、自分の人生を否定することになってしまうから。
 そして、これが家族に介護が必要な状況になると、より強烈な呪いとなって、家族を苦しめる。
「親の面倒を見るのは子供の仕事」
「みんなそうやってきたから」
「それが当たり前だと思っていたから」

 私はこの呪いを断ち切るべきだと思っている。

 何の苦もなく、強さと優しさと愛おしさをもって、仕事を続けながら介護を楽しめる人なら、どうぞ続けてください。
 そうでない人は頑張らなくていい。親への恩義と感謝は決して忘れないけれど、24時間・365日の自宅介護は致しません。それでいいと思う。
 母は母で、これからの自分の人生を楽しんでほしい。父を老人ホームに入れたからといって、責任を感じる必要もないし、毎日会いに行かなくてもいい。時折寄り添って、最期まで看取る意気込みだけを持っていればいい。
 今は、そんなことを繰り返して伝える毎日である。母もだんだんと自分の感情に折り合いがつけられるようになってきたので、ようやくスタート地点に立ったかな、という状態だ。
「え? ゴールじゃないの?」と思うかもしれない。いやいや、まだスタート地点なんだよ、これが。(『親の介護をしないとダメですか?』より)