堺市博物館では12月22日(日)まで企画展「わたしたちの歴史を編む―『堺市史』とその時代―」を開催しています。

 この展示の中に、一点興味深いものがあるので紹介しておきましょう。それは『南蛮屏風足利時代堺港之図』です。

 原本は大正12年(1923)の関東大震災で焼失しましたが、その写真を堺市が所蔵していたものです。白黒写真ですが、原本を元に取捨選択して制作された『南蛮人渡来図』の色を見れば原本の雰囲気も想像できます。

 画像はhttp://www.sakai.click/のページで見ることができるようですね。

 足利時代の貿易港がある街の風景画ということで、実は長崎を描いたとも言われている画らしいのですが、たしかに長崎くんちのような祭の踊り?に興ずる人びとや、中国人に混じって南蛮人らしい男が染織物を品定めしている様子などが描かれており、実際には南蛮船は出入りしていなかったとされる堺港より長崎港と考えた方が良いのかもしれません。

 ただ、商品としての染織物だけでなく、それを製造している染織物職人の風景(建物の壁沿いに組んだ足場で染めた織物を干し乾かしている)は堺のものの様に感じられますし、まぁどちらにしても時代風俗的には同じようなものでしょう(笑)。

 そしてこの画なんですが、街の区画の境界らしきところにはちゃんと町木戸があります。街中には人工水路(堺環濠か?)と見られる流れがあり、裕福な呉服商と思われる1軒の建物とほか2軒が瓦葺きで、それ以外は板葺き。天秤と分銅で商い中の両替商の屋内にはどうやら畳が敷かれているようです。さすが金持ちですね。糸屋格子のような格子がはめられている建物もありますが、これは小格子を切り欠くことで採光性を高くしたものです。生糸商、呉服商など、品物の色目をよく確認する必要がある業種で用いられましたが、その歴史が戦国時代以前までさかのぼるということでしょうか。こうなると格子の歴史にも興味が湧いてきます。

 通りには籠に入ったクジャクや、酔い潰れて寝転んでいるような人物も居て、なんとも楽しい絵です。