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「本」とは圧倒的な「美」であった!
深く味わいたい「アール・デコ」高級挿絵本の世界(1)

「知の巨匠」フランス文学者・鹿島茂氏インタビュー

フランスの美しい古書の世界を堪能させてくれる展覧会「アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界」が、現在、日比谷図書文化館で公開中だ。フランス文学者・鹿島茂氏のコレクションの中から、バルビエやマルタンなどの芸術家が手掛けた、選りすぐりの挿絵本や雑誌が一堂に介している。華やかな高級挿絵本の世界について、「知の巨匠」鹿島茂氏に教えてもらった。※この記事に掲載されているすべての画像の転載・複製を禁止します。
 

Q——今回展示されているフランスの「アール・デコの高級挿絵本」。文章(活字)がある紙のページ(本文)には、芸術家たちによる実に美しい“挿絵”(図版)が添えられています。まるで1枚の絵画のような美しさですが、どのようにして、つくられたのでしょうか? 

鹿島 茂(以下、鹿島)・・・「アール・デコの挿絵本」は、芸術家と高い技術を持った職人が一緒に、版画や印刷所の工房でつくり、印刷していました。
 本文の紙のページは、普通、厚紙の表紙に挟まれていて、「仮綴じ」の状態になっています。

ジョルジュ・バルビエ 『ヴァーツラフ・ニジンスキーのダンスを描いたジョルジュ・バルビエのデッサン』より「シェエラザード」 1913 年 © NAO KASHIMA(NOEMA.Inc.JAPAN)

Q——私たちが現在、手にしている書籍は、本文と表紙が一体化した形になっていて、本の背は接着剤や糸で綴じられていますが、それとは異なっていたということですね。

鹿島・・・フランスの挿絵本に限らず、フランスの古書に関して、まず、私たち日本人が頭に入れておかなければならないことは、かつて本は原則的に「仮綴じ」の状態で出版され、購入者がそれぞれ自分の好みにあった本格装丁を施すようになっていたということです。
 仮綴じとは、本が未完成の状態であるということを意味します。したがって、仮綴じの状態で読み始めてもかまわないが、読んでいるうちに綴じがほどけてくる可能性は十分あるため、やはり、装丁業者に出して装丁(ほとんどは革装丁)してもらわなければならなかったのです。
 また、第二次世界大戦前には、読み終わった本、あるいは不要になった本を古本屋に売却しようとしても、仮綴じでは低い値段しかつきませんでした。やはり古本屋に売却するにしても装丁済みにしておく必要があったのです。また、古本屋に引きとってもらう場合も、装丁の良さ悪さが重大な査定ポイントでした。装丁屋に装丁させておくのは不可欠のことだったのです。

Q——「アール・デコの挿絵本」の時代になって、変化があったのでしょうか?

鹿島・・・アール・デコの挿絵本全盛の時代でも、先ほど述べたことは基本的に変わりませんでした。つまり、本は装丁されてようやく完成するという意識は、あいかわらず強くあったのです。
 とはいえ、新しい現象も観察されるようになってきていました。それは、出版されたままの、つまり仮綴じ状態のアール・デコの挿絵本が見事な完成度に達していたので、装丁はできる限り現状を保存するようなかたちで行われるようになったことです。
 たとえば、19世紀の装丁では、表紙は装丁に織り込まずに外してしまうことが多かったのですが、これは必ず保存されるようになりました。また、「函(はこ)」も装丁に際しては、さらにそれを外側から保護する外函がつくられるようになりました。つまり、アール・デコの挿絵本の場合、革装丁によって仮綴じ状態は解消されるにしても、ブックデザインはそのままのかたちで保存されることが多いのです。

Q——今回、展示されている本は、「仮綴じ」ではなく、「未綴じ」のものということですが、「未綴じ」とは?

鹿島・・・「仮綴じ」状態を重視するという姿勢から、仮綴じをさらに進めて、いっさい綴じをしない「未綴じ」の状態で出版するという形式が、アール・デコ期からは流行するようになりました。
 こうした未綴じを「アン・フーユ(en-feuilles)」と呼んだのです。たいていはそれが「シュミーズ(chemise)」と呼ばれる薄紙のカバーに挟まれ、さらに外側を「エテュイ(étui/厚ボール紙のカバー)」で覆われて出版されました。
 このアン・フーユの状態のものはめったに見つからないのですが、私は展覧会を予想してこの形式のものを多く集めているのです。

Q——文章(活字)がある紙のページには、芸術家たちによる実に美しい“挿絵”(図版)が添えられていますね。

鹿島・・・美しい挿絵本のページそのものを鑑賞することは、当時の愛書家たちの大きな楽しみになっていました。ページをめくって味わうだけでなく、気に入った1ページを、額に入れて絵画のように鑑賞する人もいました。こうした読者のために、挿絵本の制作者たちはやがて別刷り(シュイート)を作るようになります。
 こうした高級挿絵本の制作部数は、最大で数百部。職人たちが時間と手間をかけ、完全な手仕事で作ったため、制作費は非常に高額なものになりました。しかし、1920年代はバブル景気に湧いていました。この限られた高級挿絵本というジャンルを愛する裕福な層が購入したわけです。そして、この分野に参入する出版社が増えても、高級挿絵本が大衆的になることはありませんでした。

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鹿島茂コレクション アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界
 日比谷図書文化館では10月24 日(木)〜12月23日(月)まで「アール・デコの造本芸術」展を開催中。20 世紀初頭、アール・デコ華やかなりし時代に、革新的なデザイン感覚を持ったイラストレーターと、高度な技術を持った印刷職人とのコラボレーションにより次々と産み出された高級挿絵本。それはまた、新鋭イラストレーターを起用し新しいモード・ジャーナリズムを見事に開花させた先見の明ある編集者の登場と、裕福なパトロンが同時代に存在するという、幸福なできごとにより生まれた芸術でもありました。
 本展では、フランス文学者の鹿島茂氏が 30 年以上にわたって収集してきた膨大な数の個人コレクションの中から、バルビエ、マルティ、マルタン、ルパップによる挿絵本と、4 人がそれぞれに関わったファッション・プレート合わせて100 点あまりを紹介します。アール・デコの造本芸術の優美な世界をご堪能ください。

 

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明治の革新者~ロマン的魂と商業~ 
鹿島茂

同書は、近代国家•日本の礎を築いた二十五人の実業家たちの物語である。
仏文学者•鹿島茂氏が彼らの“履歴書”を通して、「人生に必要なものは何であるか」を
私たちに問いかけます。混沌と波乱に満ちた21世紀の今こそ
自らの力で道を切開いてきた男たちの人生から学ぶための一冊!

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