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新聞記者「望月衣塑子はなぜ、嫌われるのか?」

森達也監督インタビュー:メディアと政治、起きている「今」を映画で描く

取材中の望月衣塑子記者
© 2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会

​Q——記者という肩書きの、サラリーマン人生を選択したわけですね。

森監督  だからコンプライアンスやガバナンス、上司の指示や規則やルールが最優先されてしまう。9時から5時まで働く他の職種なら、それで事足りるのかもしれない。でも、ジャーナリストには「現場性」が必要です。現場に行って感じる。思う。誰かの話を聞く。自分の目で見る。怒りを感じる。決意するこれらの述語の主語は個です。会社じゃない。

Q——森監督はかつて、オウム真理教を題材にしたドキュメンタリー番組の撮影を進められる中で、オウムを絶対的な悪として描くことを強いた番組の局サイドと衝突して、契約を解除されたそうですね。その後、自主制作のドキュメンタリー映画として完成したのが、『A』(1998年)で、公開後、賛否両論、物議を醸し、社会に波紋を及ぼす作品となりました。

森監督  結果的にそうなったんだけど……。局と戦う、といった強いモチベーションがあったわけじゃない。ぼーっとしてたら、あれ、首になっちゃった……みたいな感じです。
 望月さんも僕も、確かに組織に馴染めないという点では同じなんですが、ベクトルは逆です。彼女は激しく動き回って衝突しながら、様々な摩擦や軋轢を起こす。そして全身を使って問題提起する。僕は鈍いし、ぼーっとしていて、ふと気づいたら、みんなどこかに行っちゃった……という感じ。オウムの映画は、そうして完成した映画でした。

Q——望月さんのように、「個」が強いというのは、ジャーナリストの条件ですか? 

森監督  自分は「個」が強い、などと意識している人って、気持ち悪くないですか。望月さんも「個」ということを意識していたわけではないと思う。 
 僕は映画を何本も撮ってきましたが、結局、言っていることはいつも一緒だなと自分でも思います。敢えて言葉にすれば「集団と個」。これを表現するためにオウムを題材に『A』を撮ったり、ゴーストライター騒動の佐村河内守氏を追った『FAKE』(2016年)を撮ったり、東日本大震災の被災地を訪れて『311』(2011年)を撮ったり……。そして今回は『i新聞記者ドキュメンタリー』だった。僕としては、撮りながら、自分で自分を分析しているわけで、これはずっと変わっていません。
 いま改めて思うのは、人間というのは、集団、組織がないと生きていけないということ。だって集団とは言い換えれば社会性。ホモサピエンスの必須要素です。一人で生きることなどできない。でもだからこそ、集団のリスクと副作用をしっかりと意識すべきです。集団は時に大きな害悪を周りに撒き散らします。戦争や虐殺はまさしくこの典型。人類は、こうした失敗を散々してきたにも関わらず、何度も同じことを繰り返しています。
 特に日本人は、集団や組織と親和性が高い。ならば集団のリスクをより強く実感しなくてはいけない。ところが最近は特に、自分たちの負の歴史を否定しようとする傾向が強くなっている。今の時代に生きる一人としては、非常にやるせないと同時に悔しい。この思いは、作品に織り込もうと思っています。

Q――こうした社会の変化は、いつ頃からだと思われますか?

森監督 地下鉄サリン事件以降にギアが変わったと思っています。『A』撮影のためにオウム施設に入って社会を見つめながら、大きく変動し始めていると気づきました。

 さらにこの流れは、2001年に起きた「9.11」(アメリカ同時多発テロ)と、2011年の東日本大震災で加速します。その意味では2011年に流行語対象にノミネートされた「絆」が象徴的です。「9.11」以降は、集団化は全世界的な現象へと拡大しました。

Q――映画には、籠池夫妻や前文科省事務次官・前川喜平氏、ジャーナリストで性暴力被害を訴えている伊藤詩織さんも登場していますね。モリカケ問題、沖縄の辺野古沖の土砂投入とサンゴ移植問題、沖縄・宮古島駐屯地に弾薬庫が整備されていた問題など、政府の対応が疑問視される数々の問題を追う望月さんの奮闘ぶりが伝わってきます。それに、実に歯切れの悪い官僚や政治家たちの苦々しい表情、ある意味、慇懃無礼な様子がリアルで、日本の政治の現状を表わしていて興味深かったです。観る人の知識や考え方によって、そこから考察することは様々だとは思いますが、映像というものの情報量の多さやリアルさを感じました。

 安倍政権は、問題が次から次へと起きるにもかかわらず、この11月に憲政史上最長の政権となりました。望月さんは書籍『「安倍晋三」大研究』(KKベストセラーズ)で、籠池夫妻に保釈後初のインタビューを行い、モリカケ問題の新たな一面をクローズアップ。また、安倍晋三の歴史認識を表す「核戦術や自衛隊」についての発言や、国会でお馴染みの「安倍話法」を紹介・分析して、政治家としての資質を再検証しています。
 森監督は、安倍政権をどんな風に捉えていますか?

首相官邸前で警備の警官に疑問を呈する森監督
© 2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会

森監督  まさしく今の自民党は、集団化の象徴です。所属議員たちはほぼ一様で、政権中枢とは違う意見が出てこない。昔は違ったはずです。もっと多様な議員がいた。
 その政権にとって、集団化された社会は統治しやすい。集団化は分断と同時に進行します。そして敵を求める。ならば敵を可視化すればよい。支持率は上がります。
  集団内には同調圧力が働きます。イワシの群れなどが典型だけど、みんなで一緒に動く。このとき野生の生きものたちは、五感で周囲の動きを察知します僕たち人間は五感は退化したけれど、代わりに言葉を得た。つまり指示です。だからこそ今、全世界的に独裁的な政治家が支持を集めている。
 ならば、指示が聞こえない場合はどうするか。きっとリーダーはこういう指示をするだろうと推測して行動する、つまり、「忖度」です。安倍政権でモリカケ問題がクローズアップされて、「忖度」という言葉が流行語のようになりましたが、これほどに「忖度」が多くなった理由は、集団化しているからこそ起こった現象です。
 少数派に、多くの人と同じ考えや行動を暗に強制する「同調圧力」。この「同調圧力」的なものを引きよせているのは、やっぱり自分自身なわけで、強制されているわけではない。もっと自由でいいんです。人生は70年か80年。同じ景色ばかり見て死ぬのは嫌だし、それは何だか貧しいなあと思う。視点を変えたら、全然違うものが見えてくるのに。
 政治に関心があるのは、40代や50代以上の世代です。でもね、僕はやっぱり若い世代に、もっと関心を持って欲しいと思います。自分たちは政治とは切り離されていると、彼らは思っているんでしょうね。でも、例えば普段飲んでいる清涼飲料水のペットボトルにしても、あるいは常に手もとにあるスマホだって、実は全部、政治の産物なんです。とても身近な存在です。

Q——今、世界中が「右傾化している」と言われています。
  日本では、「ネトウヨ(ネット右翼)は中高年男性が多い」とか、「あの人は、パヨク(ネット左翼)学者だ」とか、「若い人たちが右翼化している」「あの団体は保守、あの人は左派」などと分類したり、レッテルを貼る傾向があります。

森監督 「9.11」の後、集団化を一気に進めたアメリカはイラクに侵攻して、フセイン体制は崩壊しました。その帰結としてIS(イスラム国)が誕生してテロは世界に広がり、さらにシリアの内戦が始まった。だからこそ集団化は拡大します。英国のEU離脱問題や移民問題もここから派生します。
 ヨーロッパでも、いわゆる保守政権、右翼政党が支持率を上げると、皆口々に「右傾化だ!」と危惧しますが、僕は集団化だと思う。敢えて言うのなら疑似右傾化。
 そこには思想はありません。ただ、みんなで集まりたい、同質の者同士で集まって安心したい――それだけなんです。不安や恐怖を中和したくて、なるべく心を許せる同じような人達で集まって、身を守ろうとする。もっと言うと、同じような人でなければ、排除したい。この動きが一見、右傾的に見えるわけです。
 ドイツの哲学者、エーリッヒ・フロムが、ドイツ国民はなぜ、ナチズムに傾倒していったかについて、書籍『自由からの逃走』で考察しました。20世紀初頭、ドイツは民主的手続きを経ながら全体主義へと移行した。そこにイデオロギーや理念など、明確な右傾化へのプロセスがあったわけではない。近代になって地縁など旧来的な共同体から外れて孤独になった人たちが連帯を求め、自由からの逃走、つまり権力から強く統治されることを自ら望み、その結果として全体主義が出現した、ということです。

Q——最後に読者にメッセージをお願いします。

森監督  映画は、撮って編集するところまでは僕のものだけど、そのあとは、見た人のものです。自由に解釈してくれていい。監督の思惑なんてどうでもいいんです。とにかく観てほしい。それに尽きます。

 

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「安倍晋三」大研究
望月衣塑子&特別取材班(著)

憲政史上最長も見えてきた安倍政権。
閉塞感が続く日本の政治だが、安倍政権のどこが問題なのか? 政治家・安倍晋三とは何者なのか?
いま知っておきたい日本の政治で起きていること、日本の未来。

THE 独裁者 国難を呼ぶ男! 安倍晋三
古賀茂明・望月衣塑子(著)

空気を読まない二人が忖度なしの徹底討論!
鉄壁•菅官房長官に鋭く斬り込んだ話題の記者•望月衣塑子氏と、日本の政治の裏の裏を知る元経産省官僚の古賀茂明氏。
偽りと忖度が横行する日本の政治、独裁•安倍政権の「不都合な真実」を暴く!
映画『i  -新聞記者ドキュメント-』

東京新聞社会部で原稿を書く望月記者
© 2019「i-新聞記者ドキュメント-」製作委員会
 
官邸記者会見で菅官房長官に鋭く斬り込み、注目を集めた東京新聞記者・望月衣塑子氏。メディア操作に巧みな安倍政権、内心では政治家たちを馬鹿にしながらも忖度に走る官僚たち、そして自主規制をする新聞やテレビなど一部を除くメディアやジャーナリストたち。望月記者の取材する姿を通して、今の日本の政治が、社会の真の姿が浮かび上がる……。第32回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門作品賞受賞。新宿ピカデリーほか全国で公開中。監督/森 達也 1019年/日本/113分 配給/スターサンズ
 

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