ここ日本でも課題とされている「水道事業への民間参入」。先立って、導入している国々のなかでも、そのスタイルは国ごとに違いがあり、それによって「水道民営化」の評価も分かれてくる。今回はドイツの「水道民営化」の事例を紹介する。(『日本の「水」が危ない』六辻彰二 著より

■ドイツ──市場経済に偏りすぎない民間参入

 先進国のなかで「水道民営化」による問題が比較的少ないのがドイツだ。2011年のドイツ水道局の資料によると、上下水道の64%は民間事業者によって経営されている。また、ドイツにも水メジャーと呼べる大企業はあり、巨大エネルギー企業で世界屈指の水企業でもあるRWEは、ドイツ国内で630万人以上に給水している(三井物産戦略研究所)。

 しかし、ドイツでは水の安全が総じて保たれているだけでなく、水道料金の上昇率もインフレ率を下回り続けてきた。

 もちろん、ドイツも水道事業の再公営化の波と無関係ではない。トランスナショナル研究所などの報告では、2000年から2014年までの間に、世界全体での水道再公営化180件のうち、ドイツのものは8件含まれる。このうち1件は、首都ベルリンのものだった。

 ヨーロッパを代表する都市の一つベルリンでの再公営化は、パリのそれと並び、水道再公営化の波を象徴する。ただし、上水道の30%、下水道の24%が民間事業者によって経営されているフランスで49件の再公営化が発生したことに比べると、ドイツの8件は頻度がずいぶん低い。

 なぜ、ドイツでは水道事業への民間参入が進みながらも、他の国より問題が少ないのか。結論からいえば、市場経済に偏りすぎずに民間参入を進めているからである。その象徴は、「ベルリン・モデル」と呼ばれる手法だ。これはベルリンの再公営化にもかかわることなので、まずその名の由来になったベルリンの「水道民営化」についてみておこう。

 ベルリン州は1998年、民間投資家との共同出資により、上下水道公社の経営を行うベルリン水道持ち株会社を設立した。ベルリン州と投資家の出資比率は、それぞれ50・1%、49・9%で、これによって民間企業に水道事業の経営を委託しながら、自治体がこれを監督することが可能と期待された。これをベルリン・モデルと呼ぶ。フランスやアメリカの水道事業でコンセッション方式の導入が広がり始めた1990年代、ドイツでは単純な規制緩和への根強い反対意見があり、自治体の関与が強いベルリン・モデルはこれを反映したものだった。

 ただし、「本家」ベルリンではその後、ベルリン・モデルが衰退した。1999年、ベルリン水道持ち株会社の49・9%の株式がRWEとヴェオリアの企業連合に買収され、その後ベルリン当局との非公開の協定により、経営権が企業連合に委託されたのだ。「ドイツ史上最大のPPP」と呼ばれたこの契約には、ベルリン州が民間投資家に8%の配当を28年間保証する内容も含まれていた。この株主配当が重荷となり、設備投資の不足と料金の高騰が発生したため、市民からの強い批判を受け、2011年には契約内容の公開を求める住民投票が実施される事態となった。

 住民投票の結果、賛成多数でヴェオリアへの配当保証を含む契約内容が公開されると、抗議運動はさらに加熱した。高まる批判に、ベルリン当局は翌2012年にRWEから、2013年にヴェオリアから、それぞれ株式を買い戻すことに合意せざるを得なくなったが、このために13億ユーロの負担を余儀なくされ、その分が再公営化後の水道料金に上乗せされることになったのである。

 これが反面教師となり、ベルリン・モデルはむしろドイツの多くの地方都市で維持され、コンセッション方式は一部の大都市に限られてきた。ベルリン・モデルの最大のメリットは、当事者同士の間で情報格差が小さく、プリンシパル・エージェント問題が発生しにくいことで、これによって安全面、コスト面での問題の発生が、全面的でないにせよ抑えられてきたといえる。さらに、民間の水道事業者が利用者から直接料金を徴収する場合は、連邦カルテル庁など公的機関の監督を受けなければならない。

 ただし、公的機関と民間企業のいわば共同経営だと、特定の地域での独占営業になりやすく、競争原理が働きにくいという批判もあり得る。これはある程度、ドイツの事例にも当てはまる。ドイツの水道事業では純粋な企業間の競争も、あるいはイギリスで行われているヤードスティック規制(一定区域で独占的に事業を行う企業各社が相互にパフォーマンスを評価し、低パフォーマンスの企業にはペナルティを科す制度)も働かない。

 その一方で、ドイツでは、水道事業に参入する民間事業者に、さまざまなレベルでの監査・監督が義務付けられている。まず、民間事業者は当然、入札で競争にさらされる。次に、民間事業者は自治体によって価格面のパフォーマンスも査定される。自治体が事業者の情報を常時把握しているベルリン・モデルでの査定は、民間企業に事業を丸投げしやすいコンセッション方式のもとでの査定より厳格なものになる。また、自治体間で相互のパフォーマンスを比較するベンチマーキングも導入されている。こうしたさまざまな制度を指して、ミュンヘン大学IFO経済調査研究所のヨハン・ワッカーバウアー上級研究員は、ドイツの水道事業で「半競争」が働いていると表現する。

 とはいえ、ベルリン・モデルが民間事業者を実質的に監督しやすく、プリンシパル・エージェント問題を発生させにくいとしても、これがどこにでも輸出できるかは別問題だ。自治体が十分な能力と権限を備えていなければ、ベルリン・モデルは成立しないからである。言い換えると、ベルリン・モデルは市場経済に傾きすぎないだけでなく、連邦制で自治体の独立性が高いドイツならではのものといえる。